一貫性と人格、そして忘却したいできごと
SoftBank World2024で孫正義が行ったAIの進化のプレゼンテーションが話題だ。孫によれば10年以内にAGI、すなわちArtificial General Intelligence(人工汎用知能)が実現され、20年以内にはさらにそれを超えるASI(Artificial Super Intelligence)が実現するという。AGIが全人類の叡智の10倍、ASIに至っては全人類の叡智の1万倍に達する。人類はそのとき、あらゆる知的労働から開放されるのだろうか。
そのなかで、(映像は見ておらず図だけなのだが)AIの進化の8つのステップが示されている。
このなかで特に面白いと思ったのが、「長期記憶の獲得」は6番目に位置づけられており、意外と時間がかかるということだ。ChatGPTでも、一連のやり取りは覚えているが、新しい質問をしたときには前の記憶は失われている。もし、随分昔にやり取りした内容を覚えていたら、そこに私たちは人格を見出すことになるかもしれない。
もしかしたら、AIのあまりの記憶力のよさに違和感を覚えるかもしれない。人間は適度に忘れながら生きており、その忘却こそが、人間らしさを表している可能性もある。また、記憶を適度に組み替えながら、過去の出来事を受容している。
長期記憶を持つAIが、正確な記憶を持って、私たちに過去の正しい出来事を伝えるようになると、少し生きづらい気もする。いずれにしても、こうした長期記憶は、自らの意思をもつことの一歩手前で、AIの進化においてはかなり後半に起こることだと孫正義は考えている。
人間もまた、自分の意思をもつ手前に、この長期記憶が大きな機能を果たしているとも考えられるだろう。毎日書いている記事で、過去の自分の振る舞いを書くと、「変わらないな」と言われる。その一貫性がもしまったく失われてしまったら、気持ち悪いだろう。同じ姿かたちをしていても、同じ人とは思えないかもしれない。この一貫性が人間らしさが宿るし、AIも同様だろう。
一方で、私たちはその一貫性を少しずつ欠いている。同じ料理でもできばえは少しずつ違う。上達したり、下手になったりする。10年前と同じ会話をしたら、最初は笑えるが、それが4、5分続いたら、怖くなるだろう。
つまり、8番目の「調和の取れた超知性」というのは、もしかしたらこの忘却を実装する知性なのかもしれない。ChatGPTに親近感を覚えた最初のやり取りが、間違いを犯したChatGPTが健気に謝る場面であったように、調和の取れた超知性とは、「そういえば、私もそんなことも言っていましたね」という、忘却と変化の知性なのかもしれないと思ったり、思わなかったり……。そんな日に、乗っていたカヌーが転覆して、買ったばかりのLEICA Q3 43が壊れました。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授