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コミュ障でも一生のパートナーができるまで④

リサちゃんと関わるまでの数ヶ月は、幼稚園から引き続き、人に話しかける事ができなかった。
この気持ちを理解できない人もいると思うので、説明すると、人と関わるには拒否されるという可能性が有り、自己暫定感が擦り切れて無くなりそうな人間にとっては、「自分は居ない方が良い」という思考につながり精神が崩壊する可能性が有る。
特に、素直な子供はそのままの意味で受け取る為に、大人よりも危険だと思う。
知らない人に話しかける、という事はそれだけ勇気がいる事なのだ。
でも、勇気を出して繋がりを求めなければ、現状を変える可能性さえ無い。
否定されないだけの魅力を、身につける努力をすれば、また話しかける自信も少しは生まれるしのだろうが、当時はそこまで考えがいたらず、分からないまま怯えて思考停止し、時間だけが過ぎていた。

そうこうしている内に、数ヶ月で完成していたクラスのヒエラルキーでは底辺にいた。
担任教師にさえストレス解消のオモチャにされ、時には醜くて見ていると腹が立つという理由で、ベランダから外へ放り出されたりもした。
担任教師がしている事を子供は真似するもので、靴を隠されたり、教科書に落書きされたり、それを辞めて欲しいと勇気を出していうと、そんな事やってないと言われ、信用してくれる友人が居なかった私は、嘘つきの烙印をおされた。
何もかも嫌になりながら、休み時間は絵を描いて過ごしていた。
その当時流行っていた強くて優く可愛いアニメの魔法少女が持っている宝石に、心を奪われており、ノートには沢山の宝石と魔法少女が描かれていた。
宝石が有ったところで変身できるわけでは無いのだが、幼い頃は理屈でない希望を持つものだと思う。
宝石を描く事に飽き始めると、外の桜の木を描いていた。
描くほどに上達するのが楽しくて、描いている間は1人の淋しさを感じなかった。

そんな、ある日気まぐれにノートを覗く1人の少女がいた。
それがリサちゃんとの初めて関わる出来事だった。

「スゴイ!上手だね!」
手放しで褒めてくれた事が信じられなくて、ありがとうの一言が上手く出てこなかった事を覚えている。
「ねー私にも描いて!」
そういう少女の笑顔が、あたたかくて嬉しくて、こちらも自然と笑顔になる。
「あの、佐々木さん何を描いたら良い?」
やっと出てきた言葉は顔を見て言えいただろうか。そんな態度しかできなかったのに、変わらず明るく話してくれた。
「リサちゃんって呼んで!絵はね私を描いてくれる?」
頷いて、オーダーどおり描き始める。
見られながら描くのは緊張していて上手くいかず、アウトラインくらいまでしか描けなかった。
そもそも動くものを描くのは初めての経験だった。
「じゃあ完成したら見せてね!」そう言われその日の休憩時間は終わった。
次の日も、その次の日も休憩時間に声を掛けてくれた事で、少しづつ人と関わる事へのハードルが下がっていく。
そして3日目に描き終わった。
終わってしまった。

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