サッカー好きな親の影響で
みなさん、こんにちは。
僕は、中学生のころ、男ばかりの剣道部と、女ばかりのブラスバンド部を掛け持ちしていました。
しかも生徒会も一年生から入っていて、副会長まで務めあげました。その上で、小さい時から通っていた剣道の道場にも行っていたので、とんでもないスケジュールをこなしていました。
そんな僕ですが、サッカーを観るのが、この頃から大好きになり、アメリカW杯アジア予選での、カズやラモス、北沢やゴンの活躍をワクワクしながら観ていました。ドーハの悲劇が起こった時も、テレビで観ながら大声を上げて泣いたのを今でも覚えています。
高校生になったころ、Jリーグが開幕し、国内サッカー人気が加熱するとともに、僕もサッカーに夢中になりました。放課後にクラスメートとサッカーをしていたことは懐かしい想い出です。
さて、そんな僕が親になり、息子を授かったときに思ったことは、サッカー好きに育てたいってことでした。
2歳か3歳のクリスマスには、サンタさんからのプレゼントとして、サッカーボールをプレゼントしました。それ以降は、暇があると、息子とボールを蹴って遊んでいました。
息子が通っていた幼稚園は、放課後にサッカースクールがあり、年長さんから、スクールに入りました。小学校に入学してからは、隣の小学校にサッカーのスポーツ少年団があったため、放課後に隣の小学校まで行ってサッカーをしてました。
低学年の人数が少なかったこともあり、1年生のときから3年生の試合に連れて行ってもらっていました。
小学4年か5年生の頃には、リフティング1000回できるほど成長していました。
僕の息子は、足が遅く、身体も大きくなかったため、キックの精度や、ゲームの流れを読む力をつけるようアドバイスしてました。
一緒に日本代表の試合を観戦したり、南アフリカW杯の時は、ほとんどの試合を録画を駆使して、フラフラになるまで二人で観ました。
クラブW杯のFCバルセロナ戦が横浜日産スタジアムであった時は、学校を休ませて、観にいきました。
その後、となり町のサッカー強豪の中学校に行きましたが、成長期も遅く、なかなか芽がでず、苦しい時期を過ごしました。この時、初めて、「サッカーを辞めたい」と僕に泣きながら訴えてきました。
僕は、心の中で泣きながら、「身体はそのうち大きくなるから、ここで逃げるな。」と引き留めました。でも、息子の通っていた中学は、フィジカル頼りのサッカーをしていたため、息子にとっては、かなりキツかったと思います。
それでも、辞めずに頑張り続け、3年生最後の大会では、レギュラーをとり、試合に出場していました。目標にしていた九州大会にはいけませんでしたが、それも今となっては良い想い出です。
高校は進学校のサッカー部に入部すると、少年団の時のチームメイトやライバルたちが集まっていて、面白いメンツが揃っていました。
3年生のインターハイ予選では、普通の公立校が県大会まで勝ち進み、冬の選手権予選は、学校史上初めて、県大会2次予選まで勝ち進むことができました。
身体は相変わらず、小さいままでしたが、小学校の時から、基本に忠実に練習していたため、チーム内で1番キック力があり、精度の高いボールを蹴っていたのは、とても印象的でした。
息子は、今はサッカーをしていませんが、年長の時から13年間続けてきたというのは、すごいことだと思います。僕がサッカーを好きだったから、息子をサッカー好きに育ててきました。そう考えると、親の影響って大きいなぁと、改めて感じます。
おかげで、僕が、いろんな方達に出会えたし、審判をやらせてもらったりもして、よりサッカーが好きになりましたし、退屈しない13年間を過ごせました。息子がサッカーを好きになってくれて、本当に感謝したいです。
大人になった息子と、いつの日か、W杯をスタジアムに観に行くような、そんな旅をしてみたいと思っています。
それでは、また。
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