煙草の煙と探偵
古い型の白い軽バンの車内は静寂と二人の男の息遣いだけが支配していた。
張り込み開始からすでに6時間が経過し、車内には重苦しい空気が漂っている。
探偵A:「タバコってさ、吸う人にとってはどんな感じなんだ?」退屈そうにハンドルにもたれかかりながら言った。
探偵B:「…なんだ、いきなり」後部座席でカメラのモニターを覗きながら素っ気なく答えた。
探偵A:「だってさ、お前いつも美味しそうに吸うじゃん?俺吸ったことないからどんな感じか想像もつかなくてさ」身振り手振りを交えながら熱弁を始めた。
探偵A:「あの煙を肺に入れる感覚ってどんな感じ?気持ちいいの?リラックスできるの?」
探偵B:「…別に、ただの習慣だよ」モニターから目を離さずそっけなく答えた。
探偵A:「習慣って…そんな無感情なもんじゃないだろ?もっとこう、ビビッとくる感じとか、頭がスッキリするとかさ!なんかあるはずだろ?」不満げな表情を浮かべた。
探偵B:「…強いて言うなら、吸い終わった後の一瞬の静寂が好きだな」小さくため息をつき、ようやくモニターから目を離し探偵Aの方を向いた。
探偵A:「静寂?タバコ吸ってる間はうるさいのに?」首をかしげた。
探偵B:「ああ。吸ってる間はいろんな雑念が頭を駆け巡る。でも、吸い終わった後に一瞬だけ頭の中が真っ白になるんだ。その瞬間だけは何も考えずに済む」窓の外に目をやり、遠くを見つめるように言った。
探偵A:「…なんか、悟りを開いたみたいなこと言うじゃん」少しからかうように言った。
探偵A:「でもそれって、結局タバコの影響じゃないだろ。静寂が好きなら瞑想でもすればいいじゃん」
探偵B:「瞑想は苦手だ、雑念を振り払えない。それに…」再びモニターを覗き込む。
探偵A:「それに?」言葉の続きを促した。
少しの間を置いてからポツリと言った。
探偵B:「…タバコの煙は、亡くなったジイさんの匂いがするんだ」
探偵Aは言葉を失った。探偵Bの口からそんな感傷的な言葉が出るとは思わなかったからだ。
探偵A:「…そうだったのか。爺ちゃん子だって言ってたよな。悪かった、変なこと聞いて」絞り出すように言った。
探偵B:「いや…、たまにはこういう話も悪くない」モニターを覗いたまま答える。
しばらくの間、二人の探偵の間に沈黙が流れた。
その沈黙はいつもの張り込みの沈黙とは違い、どこか温かみのある不思議な沈黙だった。
その沈黙を破ったのは探偵Bの声だった。
探偵B:「…対象者が出てきたぞ」
モニターを覗く探偵Bの目には先程までの感傷的な色はなく、いつもの冷静沈着な探偵の目に戻っていた。
探偵A:「…ジイさんの匂い…か」小さく呟きエンジンキーを回した。
探偵A:「俺も今度、一本もらってみようかな…」
探偵B:「やめとけ」即座に答えた。
探偵B:「お前にはタバコの煙より、コーラの香りでも嗅いでる方が似合っているさ。…それに」
一瞬の間をおいて続けた。
探偵B:「……今度、ジイさんの墓参りに一緒に行くか?線香の匂いならいくらでも嗅がせてやる」
探偵A:「……それ、全然フォローになってないから!」
探偵Aの怒鳴り声が小さな軽バンの車内に響き渡る。
しかしその声には苛立ちはなく、どこか照れくささが混じっていた。
二人の乗った軽バンは夕暮れの街へと静かに走り出した。
終わり
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