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名前ハマダ無イ

夜の静寂を破る音がした。

山間の小さな村で誰もが深い眠りについている深夜。
空を切り裂くような閃光が一瞬だけ山の影を浮かび上がらせた。その直後、地面に鈍い震動が走った。

村外れに住む片桐義三は夜中の地鳴りに目を覚ました。
古い木造の家の中で彼の寝床が微かに揺れている。
「地震かのう……」と呟きながら彼は外に目を向けた。

ところが、そこに見えたのは地震などではなかった。

山の向こう側、普段は真っ暗な空間に妙な光がゆらゆらと漂っている。義三は懐中電灯を手に取り山道を歩き出した。
好奇心は年齢とともに薄れたと思っていたが、その夜は何かが違った。


光源に近づくにつれ、異様な音が耳に入ってきた。チリチリとした高周波のような音だ。

やがて開けた場所に出ると、そこには金属的な光沢を放つ大きな物体があった。
どうやら空から落ちてきたものらしい。

義三が警戒しながら近づくと、突然その物体から小柄な人影が現れた。
奇妙な姿だった。
二本足で立ち、人間のような形をしているが肌は滑らかな銀色。目は暗闇の中でも光り輝いている。

その存在は義三に向かって一歩進み静かに言葉を発した。

「我々ハ宇宙人デアル。名前ハマダ無イ」

その瞬間、義三はただ茫然とその信じられない事実を受け入れるしかなかった。

「名前が……ない?」

「ソウダ。我々ハ長イ旅ノ途中デ名前ヲ失ッタ。故郷ヲ出テカラ何千年モ経チ、言葉ヤ記憶ノ多クヲ手放シテシマッタ。シカシ、地球ニハ名前トイウ概念ガマダアルト聞キ探シニ来タ」

義三は困惑した。名前を探すために宇宙から来たという話がどこか滑稽にも聞こえたからだ。しかし、その銀色の目には哀愁が宿っているようにも感じた。

「名前がなくても生きることに困ることはないじゃろう」

「ソレデモ、名前ガナイトイウコトハ、存在ヲ証明スルモノガ何モナイトイウコトダ。我々ハ、ドコカノ誰カニトッテノ『何カ』ニナリタイ」

義三はしばらく黙った後、ぽつりと言った。

「この村の社には『桜』という古い木がある。春になると美しい花を咲かせるが、咲くのはほんの一瞬。けれどその美しさは人々の心に残る。お前さんの名前もそれでいいんじゃないか?」

宇宙人は静かに頷いた。彼は新たな名を「サクラ」と定めた。

そして、再び空へと戻る間際彼は言った。表情は相変わらず分からないが笑っているようにも見える。

「アリガトウ、地球ノ友人ヨ。我々ハコレカラ『さくら』トシテ、宇宙ヲ旅シ続ケル。我々ハ宇宙人デアル、名前ハさくら」
夜空には、桜色の光が流れ星のように消えていった。


義三は村人たちにこの夜の事を話すことはなかった。

ただ、春になると社に咲く桜の木を見て
彼は宇宙を旅する小さな友人「サクラ」のことを思い出すのだった。



終わり


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