朝、目が覚めた時から違和感があった。
時計を見ると7時ちょうど。しかし部屋の隅に立てかけてある古い鏡がほんの一瞬揺れた気がした。
気のせいだろうと自分に言い聞かせ、顔を洗いに洗面台へ向かう。
洗面台の鏡に映る自分を見つめながら歯を磨いていると、ふと目が合った。「目が合った」という表現が正しいのかは分からない。ただ、鏡の中の自分がわずかに笑ったように感じた。急いで顔を洗い意識を他のことに向けた。
家を出ていつもの通勤電車に乗る。車内はいつもと同じ混雑具合だ。
スマホをいじっていると視線を感じた。ふと顔を上げると、車窓に映る自分と目が合った。自分の顔は無表情なのに映った顔はにやりと笑っていた。
心臓が一瞬跳ね上がり慌てて目をそらす。
職場に着いても落ち着かない。
同僚に話しかけられても上の空だった。「大丈夫?」と心配されるが事情を説明する気にはなれなかった。何を言っても馬鹿にされるだけだろうと思ったのだ。
その日の仕事をなんとか終え、疲れ切った体を引きずって帰宅する。部屋に入ると古い鏡が目に入った。
「あれ、こんなところに置いてたっけ?」妙な位置に動いている。
近づいて鏡を覗き込むと、映った自分がこちらをじっと見つめている。部屋の薄暗さに紛れて顔の輪郭がぼやけているようだった。息をのんで見つめていると、鏡の中の自分が不意に動いた。
私は何も動いていないのに。
「おかえり」
鏡の中の自分が口を開いた。
後ずさろうとしたが足が動かない。
冷たい汗が背中を伝う。
次の瞬間、鏡の中の「自分」がにやりと笑いながら腕を伸ばしてきた。必死に抵抗しようとしたが、その腕は不思議な力でこちらを引き寄せる。
視界が暗転し目が覚めた時、私は鏡の中に立っていた。
部屋の中では鏡の外にいる『私』が静かに微笑んでいる。
その顔はもう私ではない。
「ようやく自由になれた」と言い残し、『私』は部屋を出ていった。
私は叫んだ。しかし、その声は鏡の中に吸い込まれ誰にも届くことはなかった。
それからどれだけの時が経ったのだろう。鏡の向こう側から外を見つめる生活に終わりは見えない。
次にこの鏡を覗き込むのは、誰だろうか。
早く自由になりたい。
終わり
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