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アフターコロナの観光戦略とは 小松﨑友子さん〈前編〉

 9/14の放送は、観光ブランドプロデューサーで、株式会社イントゥ代表の小松﨑友子さんをゲストにお迎えしました
 
 コロナ禍で日本に来る外国人観光客が大きく減少しましたが急速に回復し、今年上半期は過去最多の1778万人に達しています。そうしたなか、日本の地方がさらに活性化していくために必要なことなどを伺いました。

「“旅”から始まる持続可能な未来づくり」

 私が代表を務めている「株式会社イントゥ」は旅のマーケティングをしている会社です。「“旅”から始まる持続可能な未来づくり」をコンセプトに、国内とインバウンドの相乗効果による観光地のブランディングを行ったり、日本を訪れるリピーターの方を主軸に置いた戦略を立てたりして、地域活性化に貢献するための事業を行っています。
 
 私たちが会社を立ち上げたのは2010年10月ですが、当初はメーカーなど一般企業のプロモーションを手掛ける広告関係の事業を行っていました。しかし、2011年3月の東日本大震災を機に“旅”に特化した事業に転換し、インバウンドに向けたプロモーションに力を入れるようになった経緯があります。
 
 なぜ東日本大震災を機に事業転換を行ったのかと言いますと、親しくしていた在京外国人の方々がいっせいに帰国することになってしまい、「これからは日本人が日本のいいところを自ら発信していかなければ」と強く思ったからです。当時最も大変だったのはもちろん東北の方々でしたが、私が事業拠点にしていた東京も震災の影響を受け、混乱が続いていました。ですから帰国という選択は仕方のないことでした。

 その一方で、震災直前にお話する機会のあった中国、台湾、香港、アメリカなど多くの外国人の方々が「あなたは日本に生まれただけでラッキーだよ。空気がきれいだし、食べ物も美味しいし、どこへ行っても風景が素敵で美しい」と、一様に日本の魅力について熱く語ってくれたことが強く心に残っていました。私自身は海外に留学はもちろんホームステイさえも行ったことがなく、本当にローカルな人間だったので、日本の良さを居ながらにして海外の方から教えてもらったわけです。
 
 彼らは日本が大好きなので、それまで日本の旅と食を自国に紹介するような仕事を行っていました。つまり、それまでは海外の人たちが日本のことを海外にむけてPRしてくれていたわけです。それに気づいて、「今までは彼らが一生懸命日本のことをPRしてくれていたけれども、これからは自分たちが日本の魅力を海外に発信しようと」と決意し、新たな事業を始めることになりました。

コロナ禍を境に旅の形が変化

 その後、2015年頃に「インバウンド」や「爆買い」などの言葉が浸透するほど外国人観光客の方が増えました。コロナ禍でいったん減りましたが今は完全に回復し、2024年6月の統計では1か月単月で313万人と過去最高を記録しています。
 
 旅のあり方も変わってきました。コロナ前の外国人観光客、なかでも中国人観光客の多くは、大型バスで移動してお店に入り、「爆買い」をするといったスタイルが主流でした。この場合、旅行会社も中国の会社で、バスのドライバーさんもガイドさんも中国人なので「日本に来たけれど中国語しか聞かなかった」という感想が出るくらい、全部が中国で出来上がったパッケージでした。現在も中国に関しては規制がまだ残っており、ある程度の資産を所有していなければ観光ビザがおりないという事情もあります。ですから、中国からの個人旅行客はまだ限定的ですが、それでも増えているのは確かです。
 
 今、外国人観光客が急激に伸びている第一の理由は円安です。そのパワーは計り知れず、欧米や近隣の東南アジアからも、ものすごく観光客が増えています。また以前に比べるといわゆる観光名所と呼ばれる地域だけではなく、日本人が知らないような地方の名所などもインスタグラムやTikTokなどで見つけて訪れる方が増えています。
 
 一方で、コロナ以前の2019年頃までは完全にオーバーツーリズム状態でした。これはメディアの伝え方の責任も大きいとは思いますが、日本中で外国人観光客に悪いイメージを持ってしまった時期もありました。当時は観光客受け入れの体制が準備不足だったにもかかわらず、観光PRをし続けてお客さんを呼んでしまったこちら側の責任だったと私自身は思っています。
 
 準備不足だった典型例としては、多言語対応の可能なスタッフが十分に配置されていないなどの理由で、本来であれば10秒で対応できるところを2分、3分とかかってしまい、結果として行列が出来てしまっていたことなどが挙げられます。その後、2020年からコロナ禍となり、観光地の皆さんは事実大変な打撃を受けられましたが、その間に準備不足をしっかりと補うことができたわけです。いうなれば、それまでは「準備中」という札を掲げながらもお客さんが押し寄せてしまっているような状況から、落ち着いた状態でしっかり準備を整えられた期間がこの2年半だったととらえています。
 
 中には残念ながらその期間を持ちこたえられなかったところもありましたので、やはり私たちは本当の意味での「持続可能な観光地づくり」を目指さなければならないと肝に銘じています。

「持続可能な旅」から地方を活性化

 「自分たちで日本の良さを世界にPRしていかなければならない」という思いで活動を始めた私たちですが、あの時代を振り返ってみますと、同じような志を抱いておられた人たちの心にも火がついたのではないでしょうか。それで一気にPRが進み、今の日本の観光の姿が出来上がったように思います。

 私どもの会社がどのように仕事を受注しているかといいますと、実は私自身が観光庁の「観光地域づくり法人の体制強化事業」や「広域周遊観光促進事業」の専門家として任命を受けています。そのため、観光庁を通じてさまざまな自治体からアドバイザーとして呼んでいただいたり、コンサルテーションで入らせていただいたりすることが多いのです。その後、地方自治体から直接「アドバイスを形にしたい」「事業化したい」といったご依頼につながることが多々あり、そこからはコンサルテーションの枠を越え、自治体の予算を使って事業を企画し、PRのお手伝いをしていくことになります。
 
 したがって主なクライアントは国と自治体ですが、観光課や観光協会を擁している自治体もあり、また最近ではDMO(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション:観光地域づくり法人)といった団体もできてきました。こういったところのアドバイザーもお引き受けしています。
 
 私がこの数年の観光事業の推移を経験して感じるのが、コロナを境に自治体の皆さんがとても勉強されるようになったということです。というのも、コロナ前は「とにかくプロモーションしてくれ」という言葉ばかりが先行していました。私は「PRすれば人は来るけれど、準備不足で観光商品もまだないような状態だったら、むしろ負のスパイラルに陥りますよ」とか「せっかく来てみたものの『大して良くなかったから次はもう来ません』となるくらいなら、呼ばない方がいいですよ」とお伝えしていたのですが、当時はまったく聞く耳を持っていただけなかったのです。
 
 しかし今はこういったことも皆さんが経験からしっかり理解されているため、ご依頼内容も変化してきました。「今何をすべきかリサーチして欲しい」「課題をしっかり発掘して欲しい」など、戦略を練って十分準備をした上でPRをしていくという方針が明確になっています。こうした時代の変化にも対応しながら、これからも持続可能で魅力ある旅のあり方を提案し、地方の活性化に貢献していきたいと思っています。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 小松﨑さんの活動を通じて、観光分野と地域活性化をつなぐ部分にソーシャルデザインの視点が入ってきているなと感じた。具体的なところでは「“旅”から始まる持続可能な未来づくり」というミッションに表現されているが、ただ海外からの観光客をたくさん呼んで日本を経済的に潤すのではなく、交流人口や関係人口を増やしていくといった、まさに「持続可能な未来」を目指しているところが大変魅力的だ。滞在型の旅などを通じて「地域のファン」を増やしていくことこそ、旅とサステナビリティの両立につながっていくのではないだろうか。

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