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小説『ワンルーム』③

私の家には床に座ることを想定した何かはない。私はいつもベッドの上から動かないから、意味がないのだ。

「座っていいよ、ベッドの上」
そう言うと女は素直に、ベッドの上にそのまま腰掛けた。私はそのまま突っ立っていた。

女はヒクヒクとしゃっくりを仕出した。10秒に一回くらいの高い頻度で出現する。びっくりさせるか、上を向くかの二択で今までしゃっくりを止めてきた私だが、どちらの提案もこの女にはできそうもない。

冷蔵庫に飲みかけの500mlペットボトルの水を入れていたのを思い出した。飲みかけの罪悪感はあるが、この際しょうがない。

100均で買った水色のプラスチックのコップに注いでみる。女に差し出すと、あっという間に飲んだ。

こいつ馬鹿だ。ふとそう思った。

マルチ詐欺にすぐ引っかかる田舎出身の女。それは私が最も嫌煙している部類の人間だった。なんで見知らぬ他人を信用できるんだ。

居場所を奪われた私は、座る場所すら確保できなかった。「早く泣き止め」と神に祈った。この祈りがすぐ通じた。いや、語弊がある。女は泣きながら話し出した。

「ひっ、、、ひっく、、」

しゃっくりが止まっていないのに話始めるから、喋れるわけがない。

「ケバブ、、食べたい」

何言ってるんだ?日本語なのか、これ。

私はあっという間に外にいた。商店街はいつものように賑わっていた。ケバブを2個買った。トルコ人のひげもじゃのおじさんは満面の笑みで「アリガトー」と言った。

帰り道、住宅街の間で、「何やってんだ、私」と思った。名前も知らない女のために。帰ったら部屋は間抜けな殻になっているんじゃないか。部屋に金目のものは一切ない。強いて言えば、父から上京祝いにもらったブランド物の香水くらい。

帰ると、女はいた。寝ていた。

顔を覗き込むと、ロングヘアの合間から長い睫毛が見えた。パッとまつ毛が開いた。

のそっと起き上がった彼女は机の上に置かれたケバブを真っ先に取った。そのままベッドの上に腰掛け、ケバブの袋を破り始めた。ゴミはベッドの上に落ちた。

「美味しい、、、」

彼女は3歳児のような無邪気な笑みを浮かべた。


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