異世界珈琲店
「ほしやまコーヒーって知ってる?」
それはパートナーのLINEから始まった。
「知らない」
即答する。
そもそも私はその日古本屋にいくべく、ちょうど仙台駅に降り立ったばかりだった。時間は11時半。昼時なのにカフェに行く理由がない。そもそも○○コーヒーという表記だとコーヒーオンリー(もしくは豆や)の店と、軽食もある一般的なカフェがある。よく知らない土地で入るコーヒー屋は博打である。よって私は下調べなしにチェーン店以外に入ることはない。
再び歩き出したところでパートナーからのLineは次々にはいってくる。
「美味しいんだって」
「会社の人のおすすめで」
私が行くまであきらめないつもりのようである。確かに気になるけど今は医者からのお達しでカフェインを極力控えなければならない。その日私は古本屋でコーヒーが飲めると調べていて、それを楽しみに仙台駅前まできたのだ。
「今仙台駅なんだよね。これから古本屋に行く。」
私は返す。
人通りの多いところにいる、だから構っていられない。そういうつもりで言ったら秒で「その辺にある」と返ってきた。だめだ、これは私が行くまで諦めないパターンだ。
しつこさに負けて私は店を調べて向かった。
その店は駅ビルの奥にあった。
入り口に女性店員が立っている。
空いているのかな、と入り口にメニューを探したがない。
「一名様でいらっしゃいますか?」
「はい。」
「ご予約はされていますか?」
「えっ、予約が必要でしたか?でしたら今日は帰ります。」
そう言った私に店員は中に案内しながら「いえ」とはっきり言った。
中は豪奢でまるでどこかの城の一部かのようである。家具や棚に食器類が高級なものなのは素人目にもわかる。
ホテルにはコーヒーラウンジがあるところがある。3000円とか4000円とかそんな値段帯。
ただしコーヒーはおかわり自由で時間制限のないところが多い。
だがしかしここは駅ビルの一角である。
ホテルでもない。
なになに?予約票か何か書かされる系?
昔母に連れられて行ったよくわからない田舎のコーヒー屋でブルーマウンテン(2000円)を飲んだことを思い出した。常連ぽい客に「初見でブルーマウンテンなんか頼まないんだよ。」と言われた記憶がある。余計なお世話だ。そういうわけのわからない店系だったら地雷である。独自ルールがあったら面倒くさい。
奥のテーブル席に案内される。
メニューをみて値段に驚く。
「どないしてくれるねん」
「コーヒー屋じゃなくてコーヒーラウンジなんだけど。」
パートナーにLineを打つ。
コーヒー一杯1500哉。
ただのブレンドコーヒーが?
なぜこんな得体の知れない店、否ラウンジに入ってしまったのか。店員は恭しく執事のようであるし、家具類は高級である。やや暗めの開放感ある落ち着いた空間にはピアノの音が薄く流れている。王族や皇族がいたって違和感がない。
メニューには私の好きなマンデリンがあったが、マンデリンも種類によって味が全く違う。
他にも気になるコーヒーはあったが、オリジナルブレンドを注文した。こういう得体の知れない店で挑戦する気にはなれなかった。
コーヒーが来るまでの間、私はサンキで買ったややよれたTシャツにくたびれた夏用カーディガンで入ったことを激しく後悔した。
洗濯しているから綺麗だとかそういう問題ではない。場にそぐわないのが嫌なのである。
恭しく運ばれてきたコーヒーはクリーム色の薄いカップで中には紫のすみれが一輪描かれていた。成る程今日の私のイメージはそんな感じであるらしい。どう考えても見当違いなのであるが、コーヒーの良い香りに鼻をくすぐられた。カップに口をつける。色は濃いが口当たりは軽い。ブレンドにしてはかなり飲みやすい。そして一口飲むごとに広がるコク。ああ、コーヒーとはこんなに美味しいものなのか!
ハッとして我にかえる。
店員が空になったグラスに水を恭しく注いだ。まさに至福である。
私の後に入ってきた作業着のサラリーマンが、同様にメニューをみて目を見開いていた。しかし彼もまた運ばれてきたサンドイッチとアイスコーヒーに恍惚の表情を浮かべていた。
一体なんなんだこの店は。
少し考えて、思い出した。仙台に行くことに決まった時、せっかくだから美味しいコーヒー店を巡りたいと探していた時に一軒だけものすごく高い店があったのだ。場所は勾当台公園近くと書いてあったから完全に盲点だった。仙台駅前店もあったのだ。
それにしてもなんでもない駅ビルに入っているような値段帯の店ではない。もう星山珈琲店は星山高級ラウンジとかに名前を変えるべきである。今まで私のような何も知らない人間がどれだけ引っかかってきたことだろう。調べてからはいれとか言われそうだが、通常ルノワールだって値段調べてから入らないでしょうと思う。せいぜいたかくても800円くらいなもので、その倍はもうコーヒー屋の値段じゃない。だから高級ラウンジだと思う。おかわり自由じゃないけどね。
行く人は単体で頼むよりセットの方がかなりお得だと思う。あの値段がカップと環境代だと言われても何も知らないでいくと脳がバグる。気をつけて。値段帯1000〜2000円はコーヒー一杯のお値段だから。
それにしても仙台恐るべし。
これだからよく知らない土地のよくわからない珈琲店は恐ろしい。下調べなしで行くとえらい目に遭う。次に異世界珈琲店に迷い込んだら私は無事帰って来れる自信がない。
Photo by エリー
異世界へと続く妖精の門のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20230233034post-45167.html
illust byなのなのな
https://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=25340356&word=%E3%81%B6%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%A5%B3%E6%80%A7