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初めてキックボクシングのジムに足を踏み入れたときの話
私が初めてキックボクシングのジムに足を踏み入れたときのお話。
周囲の人達の態度が突然おかしくなり、
「ダダ漏れ」とか
「ペットカメラ付けてる?」とか
言われるようになり、
何が漏れているのか誰も教えてくれないから
とにかく怖かった。
いざというときに自分で自分の身を守れるように
強くなりたいと思った。
それでキックボクシングを始めたのだ。
とても人気のあった格闘技も
その頃にはかなり下火になっていて
ほとんどテレビでは放映されなくなっていた。
友人もすっかり格闘技のことを話題にしなくなっていた。
だから1人で行くことにした。
私みたいなちっこいのが行って笑われないだろうか...
中型の二輪の免許を取りに行ったときみたいに
「君の体型じゃ中型は無理だよ。」
なんて追い返されそうになったりしないだろうか...
そんな不安を抱えつつ、
小さなジムに電話で体験の予約を入れた。
そのジムは小さな古い雑居ビルの中にあった。
細い階段の前でいったん立ち止まって上を見上げる。
緊張が頂点に達していて、なかなか一歩を踏み出せない。
いったんビルの前を通り過ぎた。
けれども、また階段の前に戻ってきて、
今度は意を決して階段を上って行った。
ところが、とても怖い音が聞こえ始めた。
初めて聞く、サンドバッグを叩く音である。
足が止まり、すぐさま体の向きを変えて階段を降りてきてしまった。
情けないことに勇気が出ない。
何度もビルの前を行ったり来たりのていたらくである。
ふと、大通りの向こう側にある派出所の警察官達と目が合った。
4~5人の警察官が立ち上がって、みんな私を見ている。
どうやら不審者だと思われてしまったらしかった。
ーー警察官に職質されて、ジムに入る勇気が出ませんと説明して呆れられるのと、
予約をすっぽかしてジムの人に怒られるのと、
予約の時間に遅刻してジムの人に怒られるの、
どれが良い?
答えは簡単だった。
警察官よりジムの人達の方が怖い...。
その頃の私は、格闘技にそういうイメージがあった。
また階段を上る。
今度は引き返さない。
サンドバッグを叩く音が聞こえるジムのドアを、深呼吸してから開けた。
ところが、誰も私に気付いてくれないのである。
声をかけることもできず、
そっと中を覗いていたら
ようやく1人の男性が気付いてくれた。
むさ苦しいと言ったら怒られてしまいそうだけれど、
そんな男性がにこやかにやってきて、
あれこれと説明してくれた。
この瞬間に、私の格闘技へのイメージは180度変わった。
何の経験もなく、
大して運動センスが良いわけでもない私に
ときにはマンツーマンで、
ときには何人かの女性達と一緒に
根気強く付き合ってくれる人だった。
途中で飲み物がなくなって外の自販機で買ってくると
会長が「あ、自販機ここにあったのに!」と言ってガハハと笑う。
周りの男性陣も一緒になって笑っている。
でも、どこにも嫌みがない。
まるで腫れ物を触るかのような扱いをされていた私にとって
その率直な物言いや態度は
とても心地の良いものだった。