見出し画像

知らない世界へ

鬱病と向き合っていた、30代終わりから、40代の始め。

その日々は、たくさんの、大切なものを手放して、絶望感に満ちた毎日の繰り返しだった。

しかし同時に、たくさんの、今まで手にした事がなかったものを、手に入れ始めた日々でもあった。


結婚して10年が過ぎていたが、鬱病になって動けなくなって、そこで初めて十分な「時間」を手に入れた。

その十分な時間を使って、わたしは、自分と深く向き合い出した。


病状が落ち着いてきた3年目くらいから、毎日毎日、救いを求めるように、たくさんの本を読んだ。

通っていたカウンセリングでも、自分の本当の気持ちを、これでもかこれでもかと、吐露した。

そして、あとは、1人の友人の存在もとても大きかった。


鬱病になる前に、仲良くしていた友人やママ友たちは、ほとんど全員と言っていいくらいに、働き出していたから、以前のように簡単には会えなくなっていた。

ちょうど、子供達が小学校に上がる頃だったから、当然といえば当然だ。

わたしも、鬱病になっていなければ、なんの疑問も持たずに、それが当たり前だからと、働きに出ていたはずだ。


しかし、鬱病は、わたしの元にやって来た。

わたしは、働くどころか、実家に戻り、身体を自由には動かせなくなった。

自分だけが、世の中から、たった1人、ポツンと取り残されたように感じていた。


そんな時、結婚をして、子供は持たず、そして、働きには出ていない、古くからの友人と再会した。


彼女の考え方、生き方は、他のどんなに親しい友人たちとも、全く違っていた。

彼女と会うだけで、わたしは、それまでの自分の人生の偏った思考に、自然と気づかされた。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?