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特別な時間を感じる絵本『夜をあるく』

表紙の濃い青と、星の光をイメージしたタイトルが印象的な絵本『夜をあるく』(作/マリー・ドルレアン)。この絵本のことを教えてくださり、翻訳を担当された よしいかずみさんに、作品への思いをうかがいました。

書評誌のなかの紹介ページの、深い青色のなかに黄色の明かりがさしているイラストに目がとまり、私はそのコントラストに一瞬でひかれて、読んでみたいと思いました。絵本を取りよせてみると、どのページも青の中に黄色が効果的に使われていて、静かで洗練された美しさを感じました。 

ストーリーは、家族が夜中に町から山へと出かけて行って日の出を見るまでの出来事を追うものです。山梨の田舎育ちの私には共感するところがいっぱいでした。

ナイトハイクの経験はありませんが、11歳のときに、住んでいる地域の山の道なき道を進んで山奥へと分けいり、となりの地域をぬけて山向こうの町へ出て、再びぐるりと自分の住む山の地域へ戻るルートを一日かけて父と弟と歩いたことがあります。秋の暖かな日で、木漏れ日の明るさ、足元の落ち葉を踏みしめたときの音、鳥のさえずり、姿は見えないけれど何か動物がいる気配、湿った土のにおい、日陰の物寂しさ、無音になったときのちょっとした恐怖など、五感を通して記憶していることがたくさんあります。その中で、自然に対する畏怖の念や生きていることの奇跡をふと感じたりもしました。 

この絵本でも、町に住んでいる家族が山へ、しかも夜中に出かけていくことで、ふだんとは違うこの世界の一面をからだ全体で感じています。センス・オブ・ワンダーという、自然の神秘や不思議に触れて驚嘆する感性は、子どもにとって非常に重要なことだと思います。コロナ禍で閉じこもる日々も多くなりましたが、だからこそ外の世界や自然との触れあいを求めて、家族で自然の中へ出かけたという声もききます。そんな私たちに自然ってすばらしいな、家族っていいなと改めて感じさせてくれる作品だと思います。

森の中を進む家族。目をこらすと動物たちの姿が見える。

この作品はフランスの絵本なので、フランス語から日本語に訳したのですが、実は最初に出合ったのは英訳版のほうでした。何とかオリジナルを手にしたところ、びっくり! まず、絵本のサイズが大きくて、よくある本棚におさまらない! 国によってだいぶ違うのだなあと驚きました。

つぎに、オリジナルと英訳版を比較してみたところ、英訳版ではざっくり省略されているところがありました。なくても、ストーリーには差し支えないのですが、あるのとないのとでは、自然に対する感じ方が微妙に変わってきます。日本人の私としては、オリジナルどおりのほうが、より自然を慈しむ感じが伝わってきました。これはお国柄というか、感じ方、受け取り方の違いかもしれません。

また、rendez-vous の訳語にも違いが表れたように思います。家族で日の出を見にいこうと話したことと、山で朝日と待ち合わせをしているという2つの意味をこめて私は「やくそく」と訳しました。英訳版では、今なら日の出の時間に間に合う、といったようなニュアンスの、待ち合わせに重きを置いたことばがあてはめられています。これも、なるほどと思います。訳出では、新しい発見にワクワクする男の子の気持ちに寄り添いながらも、絵の雰囲気に合った静かでおさえた感じを心がけました。

フランス語を訳すというレアな経験によって、フランス語、英語、日本語を比較できたことは大変勉強になりました。 

絵本のストーリーに入り込んでいた私は、ラストのページに自分の想像も加わって、そのまぶしさに思わず目をつむってしまいました。富士山の近くで生まれ育ったのに、山頂まで登った経験がありませんが、富士山ではなくとも、絵本のようにどこか山の上で日の出を見ることができたらいいです。

フランス語版の原書と日本語版

よしい かずみ
青山学院大学文学部英米文学科卒業。やまねこ翻訳クラブ会員。絵本の翻訳に『おばけやしきなんてこわくない』(国土社)、『神々と英雄』『ころころコアラちゃん』(大日本絵画)、『ぼくのおじいちゃん』『クララ』『介助犬レスキューとジェシカ』『カールはなにをしているの?』(BL出版)など多数。東京都在住。


さまざまな感覚が呼びおこされる絵本『
夜をあるく』を
ぜひお楽しみください。

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