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ビョウキとジブン

とある子ども向けアニメ。
お医者さん役の女の子が、壊れたオモチャを治すべくオモチャドクターとして奮闘する物語だ。

単なる一つのファンタジーとしての設定であり、何より子ども向けであり、それはそれでいいじゃないか、と言われるかもしれないが、見るたびにどうも引っかかってしまうことがある。

そのアニメの中で、何度もそのお医者さん役の女の子は言う。

「私がちゃんと治してあげるからね。」

治す相手は人ではなくて“オモチャ”だ。
だから、治してあげるね、で違和感はないはず。(つまりは修理してあげるね、の意味であるから。)
オモチャは自分自身で故障部位を直すことなんてできない。

でも、子どもの頭の中でこのアニメの延長線上に、自分が病気になったときにかかる病院のお医者さんがこの女の子のようなスタンスであるものだと設定されてしまったら?

お医者さんは自分を治してくれる人。

そう思ってしまっても無理はない。


◇ ◇ ◇

まだまだ医学というものが発展する前の時代、病気は何かの災いによるもの、天罰だとか、そういった類のものであると考えられていた。
だから、人々はひたすらお祈りした。
あるいは験担ぎをしたり、お祓いをしたりした。
治癒することは、神頼みだった。

そのうちに医学が発達し、一部の人が医術を行うようになった。
一般市民は、その一部の医術を行う人をお医者さま、と呼んで、「その人に治してもらう」というスタンスになった。

つまりは一般市民は医学の知識もなく、「お医者さま」は身体のことに精通していて、自分ではどうすることもできない、太刀打ちできない症状をなんとかしてくれる神様のような存在だったに違いない。

病気を治していくのは、本当の神様から神様的な存在である「お医者さま」に変わっていった。


さて、現代ではどうか。
一般市民も書籍やネットで医学の情報を容易く得られるようになった。
では、昔のような、マルッと全て神頼みスタイルからガラリと変わったのだろうか。自分で主体的に治療に関わり、向き合っているのだろうか。

答えは否だろう。勿論、難しい手術であったり、複雑な症状から原因を紐解いていくという技術は、きちんとした医学知識を持ち、経験を積んだ医療従事者にしか難しい。自分が主体的に関われない部分もまだまだあろう。

しかし、昔よりも自分の身体の治療に対して、選択肢の中から自分の意思で選ぶことはできるようにはなっている。

が、私が言いたいのはそうではない。
病気を自分事として受け入れて捉えているか?ということだ。


◇ ◇ ◇

私は実は稀な病気を持っている。
今もその病気とお付き合いしているところだが、発症してからの数年間は、どん底に突き落とされたかのような暗転を味わった。
病気になってみてわかった。
最初は、うまくいかない治療を医師や薬剤師のせいにしていた。
治療のお金がやたら高くて怪しいとか、きちんと診断できていないんじゃないのか?とか。

全く自分事として考えられていなかった。

病気になったのは私なのだけれど、でも私と病気は別モノである、と心の何処かで思ってしまっていた。

病気が治るためには、治療を施す医療従事者の腕に全て掛かっているのだ、と。
「良くならないのは全て医療従事者のせいだ、私じゃない!」


古い時代は医学が発達していなくて病気はあまりにも分からないことが多すぎて、人間にはどうすることもできない神のみぞ知る領域だと捉えられ、そういう意味で、自分の身体に起こっている病気も自分事として捉えるなんて出来なかっただけかもしれない。自分の力では到底どうにもできないものだ、と。

今我々が病気になったときに自分事として捉えられないのは、昔のそれとは若干意味が違うのではないか。

まさか自分にそんな病気が降りかかるなんて信じられない。
辛いから自分とは切り離したい。
考えたくない。忘れたい。

だから自分と病気とを切り離す。
切り離した上で、病気だけを徹底的に打ちのめす。
切り離した上で、病気と闘う。自分 vs 病気、という構図。

だから「闘病」という言葉すらある。

でも、きっと闘ってはいけない。
闘うということは、自分事として捉えられないということ。
誰かに何とかしてもらうと思いがちなもの。
自分じゃ太刀打ちできないと位置付けるもの。

私だって認めたくない。
病気が私の中にあるだなんて。
出来れば都合良く忘れてしまいたい。

人のせいにしたい。
向き合いたくない。
受け入れたくない。

長いこと病気とお付き合いしていると、良くあることだと思う。

ビョウキとジブン。

ジブンの中にあるビョウキ。

苦を内包したジブン。


その人その人で色んな歴史があって、その病気に辿り着いた道は様々だから、きっとコレだ!という決まり手なんてないのだけど、

でも、

闘わないで、苦しいけど内包してると思って、ひたすら向き合っていくことなんだろうと思っている。

間違っても、誰かに治してもらうものなんかじゃない。誰かに寄り添ってもらうことはあっても。

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