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カップの物語
2023年の年末、突然足が立たなくなった遠方に住む父は、介護の相談に来ていたケアマネが「誤嚥性肺炎ではないか」と気がつき、年明け6日から入院した。肺炎は治ったものの嚥下活動ができなくなり、胃ろうや経鼻栄養は希望せず、点滴だけで対応することになった。「点滴 余命」と検索すると余命2〜3ヶ月と出てくる。父母は家での看取りを希望したので、介護認定を受け、ベッドなどをレンタルし、痰の吸引や看護師の手配などが完了して退院できたのが2月末。80代の母だけでは心もとないということで、それまで真摯にケアマネなどと連絡をとり、準備してきた弟と交代する形でわたしも実家に泊まりこんで対応した。しかし、2024年3月1日に息を引き取ってしまった。享年88歳。
年に不足はないし、それまでも前立腺ガンの治療を拒んだり、対応に苦慮していたとはいえ、私が感じたのは意外とも思える深い悲しみだった。
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カップは水のエレメント 水は愛情や悲しみなどの感情を表す
真ん中の男性は父の肖像
父は、「弱い男」だった。下戸で食が細く、好き嫌いも多く、若い時からとても痩せていた。2020年に母が入院し、わたしが実家に泊まり込みで父の面倒をみることになった時、「お父さん、なんだったら食べるのだろう?」と考え込んだものだ。父は私が子どもの頃にも、肺炎になったり、腰を痛めていたせいか、さまざまな健康法を試みていたが、食欲旺盛で屈強という、いわゆる「マッチョな男性像」とは対局にいたとおもう。
男性は暴力的であり女性は平和的であるという、ジェンダー化された軍事主義に関する一般的理解に反して、わたしたちは、男性と男性性は軍事化されるのであって、本質的に軍事主義的なわけではないということを認める必要がある。軍事主義的と男性のつながりは社会的につくられているのであり、生物学的に所与のものではないのだ。
父は、1936年に4人兄弟の長男として生まれ、高校卒業後は銀行に就職した。他の兄弟は大学に進学し、弟の1人は京都大学を卒業しているので、大学に行きたかったようだ。退職後、念願の大学に6年間通い、とても楽しい充実した日々を過ごしていたらしい。昭和の企業はどこも軍事的とはいわないまでも、男性性と分かちがたい雰囲気に溢れていたせいか、あまり仕事は好きではなかったようで、家では静かに資格の勉強をしていた姿が思い起こされる。
男性学基本論文集を読んでいても、「作られた男性性」に言及されることが多い。令和の現代でも仕事中やアーティスト活動でも時々感じる違和感は、これなのでは?と思う。
男性が他の男性によって男性性を承認される方法の重要性を真剣に捉えることによって、我々は男性の連帯や男性労働文化を再考しはじめることができる。多くの労働史研究者が、肉体的攻撃性、性暴力、不節制、そして危険を冒すことを特徴とする男性労働文化の「荒々しい」性質を指摘してきた。(中略)
男性にとってこの労働文化の要求に応えて生きよという圧力は強く、男性は(自分と同じ階級と人種の)他の男性に評価してもらえるような男らしさの証を示す方法を探し求めた。
ところで、わたしは夫と1993年に3年間の中学校教諭職を辞してスペインのマドリッドに10ヶ月滞在し、Circulo de ballas artes にてデッサンを勉強した。これは、高校生の頃通ったデッサン教室の先生が度々スペインについて言及されていたので、体験してみたかったというのが基である。
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シルクロのマークであるミネルバを描き
マドリッドの地母神シベーレスをコラージュ
周囲の大反対をうけ、10ヶ月だけで戻らねばならなかったが、楽しく、充実した滞在だった。高校時代のデッサン教室の先生の知人に度々お世話になりつつ、平日はシルクロでデッサンをし、週末は近隣を旅行する日々を過ごした。イタリア、イギリス、ドイツなどヨーロッパ各地も旅行した。
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マドリード日本人会の夏祭りでシルクロで知り合ったスペイン人と
マドリードにはプラド美術館があり、学生は安価だったのでよく通った。特にベラスケスやゴヤの、当時はモチーフになりえなかった庶民や虐げられた人々への温かい眼差しに魅了された。その眼差しには、先ほど引用した「男性的」な視点とは真逆の、異教的なものへの理解が含まれている。
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ベラスケスのバッカスと中国の唐三彩をコラージュ
バッカスは歌と酒の異教神
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ゴヤの異端審問への風刺作「魔女の夜宴」より
ヤギの姿をしたサタンを描き日本とスペインの陶器をコラージュ
2024年1月ごろ、Instagramでたまたま見つけて選んだFucar22アートギャラリーのグループ展公募に応募してみたところ、展示可能と連絡を受けた。マドリードには、93年にシルクロで知り合ったアメリカ人の友人も住んでいて、2015年と2017年にも旅行で行ったけれど、展示できるならばぜひ行ってみたい。
カップ=水=愛や悲しみといった「感情」を表すエレメントを、マドリード滞在中のさまざまな体験をコラージュした新作タロット作品として、これまで制作したタロット作品すべてとを合わせて54点送った。
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会期終了に合わせて作品引き取りのために6月14日に到着したわたしのために、ギャラリーは小さなプレゼンテーションを開いてくれた。5年ぶりに友人が会いに来てくれた。
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同じ時に出品しているアーティストやSNSで見たアーテイストも来てくれて、来られなかったアーティストも、好意的なメッセージをくれて本当に心温まる思いだった。
SNSで知り合った国際美術評論家の山田哲氏もカメラマンと来て、Instagramの記事にしてくれた。↓をクリックすると記事を読むことができる。
プレゼンでは、作品の説明を事前に用意した拙いスペイン語で行った。
大アルカナの成り立ちが、びわ湖の石けん運動=エコフェミに関するものだという説明をし、わたしがスペインに行ったのは、母世代の女性たちが10代のわたしに、石けん運動で環境を変える力を見せてくれたのもあるだろうという説明をした。
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映像や写真により地球温暖化による女性の危機が記録され審判が下される
古書街で買った写真と私自身をコラージュ
販売成績もよく、大アルカナの「愚者」「女教皇」「悪魔」「太陽」「審判」と小アルカナワンドの「プリーステス」カップの「3」「7」「ソン」「プリーステス」のタロット作品10点とフレームポストカードは、引き続き9月16日までFucar22 Art Gallery のポップアップ展で展示されることになった。
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スペイン陶器の写真をコラージュし
プラド美術館のルーベンス三美神を描いた
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今後日本で展示をする機会があっても、このタロット10点は展示されず、とくにカップシリーズは日本では未発表で、マドリードのFucar22でしか見ることができない。 ソフィア王妃美術館やプラド美術館に近いギャラリーにぜひ足を運んでほしい。ギャラリーは8月中も、火曜日から土曜日の17時〜21時にオープンしている。
2023年12月に、初めての海外展示としてチェンマイのマンゴアート↑に参加した。海外展示は2回目とはいえ、不安と心配から「50代でこんなチャレンジを選ぶのは、本当に勇気がいるな」などと考えつつ到着したのだが、美しく展示され、友人とも何度か時間を共にし、充実し、新しく知古も得て、まさしく世界が広がる楽しい滞在だった。
1993年にスペインに留学する時は周囲に猛反対され、父は妹を連れてマドリードに、「日本に帰ってくること」を再確認しにきた。10ヶ月で帰国したのは前述した通りだが、その後も「勝手にスペインに行った」ことは、ことあるごとに非難された。
しかし今回わたしが選んだチャレンジは、93年にわたしが選んだことも含めて小さな芽を出した。本当に良かったと思う。
今後、すこしづつでも成長することを祈っている。