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”インサイトの筋の良し悪し”を分かつ経験格差を考える

弊社インサイトフォースは、社名にインサイトとつけちゃうだけあって、非常に振れ幅の大きな「インサイトの筋の良し悪し」を、社員の採用においても、また、プロジェクトの振り返りレビューにおいても企業文化として大切にしている。

しかし、この「インサイトの筋の良い人と悪い人の見極めや育成」は実に難しい。正直、育成のなかで一番難しい。ということでインサイトフォースの経営11期目で、マーケの仕事21年目の私の雑感を書いてみる。

筋の良いインサイトは、形式知な知識の蓄積量と比例しない現実

人によって「成果を決定づけるインサイトの筋の良し悪し」は、ものすごい格差があるものの、その格差の源は、どうもマーケティングの戦略理論や、インサイトを把握するための調査手法の知識など、形式知の総量と比例しないと感じることが多い。

端的に言えば、

・知識の総量はすごいけど、絶望的にインサイトの筋が悪い人
・知識の総量は少ないが、インサイトの筋が非常に良い人

の両方が散見され、顧客インサイトの筋の良し悪しと、形式知インプット量の相関が非常に弱い印象なのだ。(印象と書くのは、これは私が過去に触れてきたせいぜい数百人単位の社員やクライアントの方々の傾向を、定量的な記録もせずに話しているからです。業界の中堅の人間の狭い範囲の経験論と思って受け流し気味でどうぞ)

インサイトは、微差の相対化で輪郭が見えてくる

「この人は◯◯な価値観・性格だ。◯◯なニーズがある。その裏には、こういう隠された本人も気づいていない本音やストレスがある」

顧客インサイトの一部となる、人の価値観や性格というのは顕著だけど、「生真面目な」とか「先進的で合理的な価値観」とか「上品で誠実な」みたいなものは、しょせんは対象者を他人と比べた相対的なものになる。生真面目な人にも、不真面目な面はあるし、先進的なはずの人も何かの意識は古臭かったりする。それくらい人の本音というのは表裏一体だし、時間や気分で揺れ動き変化もする。(世界をより良くする志を掲げた最新のサービスを提供する男性経営者が、女性に求めるものは若さと美貌の外見美に偏っているみたいな矛盾はよくある。同様に、仕事一筋だった人が結婚して子供ができて、家族第一に変貌することもよくある。)

また、ブランドの(市場に知覚された)価値も、極めて小さな微差の体験蓄積によって形成され、最後はそれがブランド力の差につながる。マーケターは市場競争で有利になるような「顧客にとって便益の伴った独自のブランド価値」を設計し、それらを生み出す源泉となる強みやリソースに投資しつつ、それを商品・サービス・コミュニケーションなどの施策で市場に伝わるようにすることも仕事のひとつになる。(正確に言えば、ブランド価値の中身は独自性だけでなく同質性を併せ持ったほうが良い場合もある)

顧客心理もブランド価値も、俯瞰してしまえば微差の違いであって、その微差を的確に短時間で理解し、定義し、ビジネスに活かすには、
1:微差の違いに気づく力
2:微差の違いを言語化する力

この2つはマーケターのOS的な能力としてあったほうが絶対に良い。けど、けっこう難しい。

ちなみにこの2つの能力はそれぞれ独立しており、1の「違いに気づく力」は高いが、それが感覚的なままで他人に説明する言語化力が低いという人はいる。プロとして仕事経験は少ないが、よく気づく感度の高い素人みたいな人はこれに含まれる。

逆に1の「違いに気づく力」は弱いが、言語能力は非常に高い人もいる。

どちらも課題を克服するのは大変だが、1の「違いに気づく力」が無いというのは、最初の情報入力なので、これがプアなのは、インサイトのクオリティとして絶望的だったりする。

プロジェクトで協働する際に、ディレクション側で関わる立場からすると、1があって2がない人は、こちらが能力的に補完関係を築きやすい。気づいている内容をつたない言語でも伝えてもらえれば、こちら側で言語化を助けることは比較的容易い。

ただ、2があるけど1がない人というのは、それっぽい表面的な言葉は整っているが、芯を食っていないインサイトになりやすく、施策の成果が出ない。これは周囲や決済者が注意深くしていないと、表層的には「それっぽい」言葉の完成度ゆえに、プロジェクト内の合意形成~承認を通ってしまいやすい危うさがある。(これはクリエイティブアイディアの表現レベルが高い広告代理店が提案をすると、芯を食っていないインサイトを狙った施策の場合でも、施策表現の見栄えが良いので事業会社内の承認を通ってしまう確率があがる事象も似た話だと思う)

微差の違いに気づく力は「相対化できるだけの経験蓄積」に支えらている

では、どうしたら「人の違い」「ブランドの違い」に解像度高く気がつくようになれるのか?

自分なりの見解をお伝えすると・・・

・人の微差に気づく力は、触れ合う人の多様性の振れ幅の大きさが、人を相対化する視点をもたらし、気づく力を生み出す

多様性と触れ合う経験の究極は、世界放浪の旅に出ていた人。自分の価値観や常識では考えられない人々に出会い、相対化して理解して消化せざる得ない環境なので、世界放浪の旅に出てた人はマーケターとして人の裏表まで知り尽くしたインサイト力を武器に成果を出す優秀な人が多い。(ちなみに私の知り合いではサンプル4人。統計としてはお話にならない与太話。)

私も世界放浪の旅はしたことないし、99%の人はしたことがない。でも、日本国内であっても、異なる価値観やコミュニティの人々と触れ合う、もしくは、仕事で定性調査インタビューを地道に積み重ねて、多様な層の声に触れ続ける努力である程度補完ができると思う。

顧客インサイトの資質の面でまずいのは、同質性の高い集団の中だけで生きてきた人だ。同質性の高い集団は相対化して理解する難易度が高すぎて、人を相対化して構造的に理解する腕が磨きにくい(たぶん)。

もうひとつ、ブランドインサイトが強い人とは何か?は・・・

・ブランドの微差に気づく力は、関与高くこだわって買った消費の量が、ブランドを相対評価して理解する視点をもたらし、気づく力を生み出す

要するに、他人から見たら無駄遣いと思えるような消費を沢山して、消費の失敗も喜びも沢山経験してきた人だ。こだわった消費は、限られた自分のお金を支出するので、みな自分なりに真剣に考えて学習していく。

「(興味薄い他人からしたら同じように見える)ユナイテッドアローズとビームスのコートは、どちらが自分に似合うのか?着回しがきくのか?」

商材は洋服でも車でもレストランでも何でもよいけど、関心薄い人から見たらどうでも良いような微差に喜びを見出し、そこに自分にとって価値を見出して追求してきた人は、それを生み出す側ではなく消費する側であっても、そのセンサーの感度と解像度はあがっていくように見える。こだわった消費とは、ブランド間の微差を調べ、体感し、学ぶプロセスなのだ。

それ故に、消費の経験蓄積量が多い人は、ブランド間の違いに気づくセンサーが発達しており、「なんかブランドAには、こんな感じの違いがある」というような、ロジカルな人からするとエビデンスが危ういユルフワで不安な説明力に聞こえる表現だけど、気付きの総量と視点の多様性は「買い物好き(だけど説明力が弱い人)」のほうが強かったりする。

こちらは短期的な努力のキャッチアップは難しく、「長年の浪費めいた消費」という価値観や経済力にも影響された生活そのものとなるため、この経験が不足しているマーケターは、課題を自覚しても生活を変えることに苦労をする。

何かの商品のマーケにプロジェクトベースで関わるとき、消費者として色々買って経験するのは、短期的に理解するうえで有効というか必須と思う。私はその昔、パンの味の違いに無頓着だったが、高級パンブランドのコンサル案件に関わることになり、プロジェクトメンバーと一緒に都内の有名パン屋を食べ歩き、パンと一口にいっても驚くほど香りも食感も後味も違うことを理解し解像度があがった。その経験は、その後、食品に関わるプロジェクトでの商品理解の速度と解像度を大きく高めている。おまけにいまでもプライベートの生活で美味しいパンを食べる時間は幸福を感じるようになり、人生が豊かになったとさえ思う。消費経験は正義。

本人が根本的に消費に興味が薄く経験蓄積が弱いと、ブランドの理解も弱ければ、買う側の消費者心理の理解も弱い。類型化によって素早く理解するために欠かせない”経験”という引き出しの中身が少なさすぎるのだ。(形式知を勉強している人の一部は、その引き出しの中を整理する仕分けの箱=フレームワークの設計だけきれいだったりする。でも、仕分けの箱=フレームワークだけ立派でも中身がプアでは成果はでない)

別に消費の中身は「高額な高級ブランド」である必要はない。プチプラな低価格帯の化粧品や洋服消費や、環境にこだわったブランド選択だって、こだわって選べば立派な経験となる。自分なりにこだわって選定して消費した経験で得られる気づきの量が仕事に活きる蓄積になる。

そういう意味で、何においても消費の欲求が薄い人は、その点においてマーケターに向いていないと私は思っている。(興味の範囲は狭いが、何かには消費欲求が強いは問題がないと思う。ひとつを深堀りして学んだことは、意外に汎用性が高く、他の業界カテゴリのブランドを理解するのにも役立つ)
自分に消費欲求がなければ、他人の消費欲求を理解し、そこを刺激して焚きつける施策を考える手がかりがあまりに少ない。

雑ながら総括すると、インサイト理解の入口で重要な、人とブランドの相対的な微差に気づく重要な鍵は、「多様性ある人とのふれあい理解」と「こだわって関与の高い消費経験の蓄積量」の2つで、これが形式知の知識では代替が難しい、マーケターの成功に重要な基盤要素だと思う。

資質が成否を分けるのは現場のマーケターまで。その先は学習蓄積量の比率があがっていく。

このnoteでは、筋の良いインサイトに資する経験を書いてきたが、これらが成否に強く効いてくるのは現場の施策担当者まで。正確に言えば、それより上の立場でも必要ではあるけど、ブランドマネージャーやCMOのような社内で戦略と合意形成を担う人になっていくほど、インサイト理解の能力はワンオブゼムになり、経営や組織やファイナンスの理解がないとうまくいかなくなっていく。(ただ、上層部に行くほど社内政治は重要なので、上司や同僚や部下のインサイトを見抜く目は重要になっていき人間理解の重要度はあがる面もある)

人の多様性理解と消費経験の資質に頼ったままのマーケターだと、施策のスペシャリストの入口まではどうにかなっても、その先のキャリアは苦労しがちなので、形式知の学習が不要という話をしたいわけではない。

形式知も経験知も、どちらも大事で成果を出すうえでは車の両輪だが、マーケティングに関わる個々の人としては、「今、目の前で成果がでない要因は何か?次のステップに行くための手がかりは何か?」を解像度高く理解する一助になればと思い、こんなnoteを書いた。

もちろん、経験知の蓄積の重要性を理解したうえで「自分はマーケに向いていない」と見切りをつけるのもありだ。冷たいようだが、本当に向いてない人は早く損切したほうがキャリアも人生もうまくいくのは真実だから。

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ということで、こんなnoteの話みたいな、マーケティングのテクニカルな施策の手法解説ではなく、OSよりの話に触れたい方は、マーケリアルサロンへぜひ。

マーケリアルサロンもこの3月末でちょうど2年ですが、なんだかんだで有償参加者300名超えのコミュニティになっており、そこそこの人数に育っています。でも、みんな表で投稿しないので、外からは謎のコミュニティになってますが・・・


P.S
インサイトというのは、顧客インサイトとは別に経営インサイトもあると捉えています。企業ごとに経営の価値観・意思決定・行動の癖~DNAみたいなものがあり、成果を出す上ではそれらを把握するのもインサイトフォースとしては大事だと考え、弊社内でも地道にR&Dしています。顧客インサイトと経営インサイトの両方に合致したときにビジネスの成果は出るのだと思います。そのあたりの詳しい話は、またいつかそのうち書きます。

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