友達のNYの話で、最高の幸せな気持ちになったこと♪
友人がNYへ行きました、第二回目の感想です。
NYで感じたことを聞いて、
私はアメリカへ行った時のことがよみがえってきた。
私は学生時代、人生で一番最初に行ったのは、アメリカ・サンフランシスコ、オークランドだった。
家庭教師をしてくれた人がホームステイへ行っていた。その話を聞いて、私はどうしてもホームステイがしたかった。ホームステイを斡旋してくれる会社があると聞き、説明会へ行った。そして、費用の準備だ。
その費用は自分で工面しないといけないので、家庭教師やその他の様々なアルバイトをして、費用を貯めた。
ある時両親に「私、海外へ行きます。ホームステイに行きます。」と言ったら、「そんなお金は家にはないよ。」「もう用意してあります。」と言ったら、両親は苦笑い。
「やっぱりな。先手を打ってるな。」と思ったのでしょう。
そして空港に、ホームステイをしたい人たちが集まって、ドキドキの出発だ。両親が送ってくれた。親もドキドキだっただろう。
弟の話だと、一定期間夕食に私がいないのは初めてだったので、「ねえちゃんがいなくなって、ご飯の時シーンとしていたよ。みんな会話がなかったよ。」ってあとから聞いた。なんとなく嬉しかった。
そして、サンフランシスコへ到着。ホストファミリーが迎えにきてくれて、ひとりずつ名前を呼ばれて、車に乗る。そのファミリーの家へ向かう。
どんな家族かな、緊張の連続だったが、嬉しさやワクワクのほうがいっぱいだった。
まず目の前に広がったのは道路だ。
・とにかく広い!!!
・ 6車線ある道がたくさんあって広大だ。すごい。
・こんな国が地球にあるんだ。
って思った記憶がよみがえる。
ホストファミリーは男性女性のカップルで、当時結婚はまだしておらず、同棲していた。でもすでに家を購入して住んでいた!
この点も驚いた。
日本の古い概念がボロボロと崩れていった。
・いろんな生き方があるんだな
・いろんな考え方があるんだな。
・いろんな生き方をしてもいいんだな。
・自分の責任の範囲で思うように生きたらいいんだな。
そう思ったように思う。
1日目の夕食は、庭でバーベキューをしてくれた。
お肉や庭でとれた野菜、そして初めて知ったのが、マシュマロを焼いたことだ。少ししたらトローッとして、食べたらとっても美味しかった!
笑いながら食べた。とても楽しかった。
夜は大きなアイスクリームのボックスから、大きなスプーンでアイスクリームをすくってお皿に入れた。なんとその上に、まだ、チョコレートシロップをどんどんかけようとしている!
「えー、これかけるの?甘すぎるよね?」「いらないんだったらいいよ」「いや、かけるー」とか言って、とても楽しかった。
こういうのを知りたかったんだ。
世界には、いろんな暮らし方がある。
いろんな文化がある。
いろんな考え方がある。
当時私はほとんど英語はしゃべれなかったのに、ホストファミリーはとても優しくしてくれた。何を言おうとしているのか、何度も聞いてくれた。しんどかったと思う。でも何度も聞いてくれた。
あるとき、待ち合わせ場所を説明するときも、丁寧に地図を書いてくれて、場所を説明してくれた。本当に優しい人だ。
ホストファミリーの心からの優しさや思いやり、寛大さに、私は感動して、尊敬している。
彼らともっと話したい、もっと知りたい、もっと通じあいたい。
それが私の英語上達のモチベーションとなっている根源だ。
もちろん、英語を使用しながら、専門分野を合わせて、仕事をしていきたいと持ったこともモチベーションのひとつではある。
でも、英語が好きなのは、彼らともっと話したい、言っていることを理解したい、私のこともちゃんと英語で話したい、と思ったからである。
何よりも感謝しているのは、一番最初にホームステイへ行った時、あんなに話せなかったのに、私が言ったことを理解しようとしてくれて、辛抱強くずっと私の相手をしてくれたことだ。
懐の大きさ、心優しい大きな包容力、とても優しい気持ちをもっているホストファミリーに出会えたことに、私は心から感謝している。
私が尊敬している、自慢のホストファミリーなのだ。
あれから約35年以上経つが、今も連絡を取り続けている。
ホストファミリーはカリフォルニア大学バークレー校まで毎日送ってくれて、帰りも迎えにきてくれた。ホストファミリーには感謝しかない。
大学も大きくて、素晴らしかった。
自由だった。
勉強してみたいと思った。
社会に入ってしばらくした後、私は日系企業から香港駐在をした。
当時の香港はイギリスの植民地下であり、刺激的な毎日だった。
その後、アメリカシカゴで米国公認会計士(USCPA)に合格し、ライセンスを取得した。
世界トップ10に入るアメリカ製薬企業で、ファイナンスアナリストとして日本支社へ入社。その後、日本上場製薬企業や欧米企業でファイナンス一筋で働き、約20年以上が経とうとしている。
出張では、アメリカ製薬会社の本社やヨーロッパ企業の本社など様々な国へ行った。
アメリカ製薬会社の本社は、敷地内の建物を一周するのに、バスが定期的に運行されていた。一周するのに約15分かかり、道路向かい側にも、同じ敷地と建物がもう一面ある巨大企業だった。会議で移動するにも大変で、驚きの連続だった。
ヨーロッパ企業の本社へ行った時もその国独自の良さがあり、綺麗に整備されて整っていて、空気もよくて雰囲気も自由で、ここで働きたい、と思ったくらいだった。
オーストラリアには世界のファイナンスメンバーが集まり、会議へ出席したことも大きな経験だった。みんなプロフェッショナルで、凛として自分を持っていて、それぞれ自分の意見を主張した。
ビジネスでも、家族や周りの人達の応援があって、素晴らしい経験をさせてもらった。役職は、気がついたらファイナンスディレクター(経理部長兼役員ボードメンバー)まで経験することができた。
でも、友人達のニューヨークのお話しを聞いて、一番最初に思い出したのは、やはり「私の大切なホストファミリー」と「ホストファミリーが住むカリフォルニア サンフランシスコ、オークランド」の素晴らしい、大切な思い出だった。
今感じたことを書き留めたかったので、思いついたことを綴りました。
幸せな気持ちにしてくれて、私の友人達に感謝します。
本当にありがとう!!!
私も今年か来年には、思い出の地を訪れて、
今行ったら「どう感じるのか」を確かめてみます。
#ニューヨーク #アメリカ #サンフランシスコ #オークランド #最高のホストファミリー