未来への不安と考えの変化
もし、タイムマシンがあったら貴方は過去と未来、どちらに行きたいだろうか。
私はつい最近まで過去に行きたいと考えていた。なぜなら、私は歴史が好きであり、特に戦国と江戸時代末期には見たい事が多いからだ。歴史ファンが多い時代でもある。…少しミーハー気質なのかもしれない…
しかし、現在は未来に行きたいのだ。
理由はいくつかある。
その中で最も理由として強いのは将来の行く末を決めかねている事だ。
いままで、人生は意外とイージーゲームだと思っていた。
なんせ、学校に行けば友達はいるし、家に帰れば家族がいる。食事や洗濯はいつの間にか出来てるし、掃除やお風呂は自分の好きな時にできた。学校に行くことが仕事だと信じ、ほとんど休まずに行っていたが、勉強は好きな教科だけ真面目に受けても自動的に卒業できた。こんな当たり前だと思っていた事が当たり前ではないと知ったのは最近。
私は「将来の夢」を持った事がない。
決して1度もないわけではないのだが、学生になった時から今までの約15年間は本当に何も持たずに生きてきた。
確かに、幼少期は周りと同じように「ヒーローになりたい」と思っていた。だが、それも学生になれば本物のヒーローになるのは難しいという事に気がつく。役者でない限り変身することは出来ないし、アベンジャーズなどのスーパーヒーローにはなることが出来ない。当たり前だ。あれらは全て作り物なのだから。フィクションの世界の話なのだから。
また、周りがよく言っていた「保育園の先生」や「お花屋さん」なども私は建前ではよく使っていた。言った方が周りから不審な目で見られないというだけのためにだ。もしかしたら、当時からあまり将来に対して夢がなかったのかもしれない。
今なら客観的に見れるのでこれだけは言える。「私は不思議な子どもだったのだ」と。
ともかく、昔から「心からなりたい」と思った将来がないのだ。
人間は何かをするために生まれてきたと人は言う。
本当なのだろうか。もし本当ならば私に教えてほしい。
私は何をするのが1番良いのかと。
私は何のために生まれてきたのかと。
教えてほしい。いま何をすべきなのかと。
もしやる事さえわかればそれを達成するための目標は自分で決められるし、動き始めれる。だが、何も行先が分からない今、本当に何処へ進めば良いか分からない。全く分からないのだ。
そんな私でも、働く理由や働くために大切にしていることがある。
これだけは捨ててしまってはならないのだ。
生きていく上で働く事は大切であり、そのための考えは自分の人生で揺らいではいけない事だと考える。
こんな私の未来も15年後は誰も知らない未来である。「その日が訪れる事はあるのだろうか」という事も謎だ。その日が現実として迎えられる日が来る事は楽しみであり、怖い。
好きな事を楽しめる未来が訪れている事を願い、私は今を生きている。