妬むと言うこと
妬む(ねたむ)と言う感情は誰でも持っているものです。
そして、この感情は怒りとか悲しみと同様に。誰でも持っているのではないでしょうか。
私は、幼稚園児の頃怒るという感情が理解できない・・・一種の発達障害なのか?まぁ、その辺は判りませんが。
感情として、怒るということが判りませんでした。
その後、怒るという感情を獲得してからは、怒ってばかりいる短気な人と言われたものでした。
最近も、怒る感情が無くなってきて・・・最も、最近は怒りの感情を自らコントロールしているんですけどね。
そこで、怒るとか、妬む、特に「妬む」という感情について私なりに思うことを思うままに書かせていただこうと思います。
妬むというのは、自分の劣等感から起こるんでしょうね。
いわゆる、「隣の芝生は青く見える」というやつですよね。
でもね、青く見える芝生の下はもしかしたら、誰も判りませんよね。
外観だけ、青く見せているけれど、その下は大変な状態になっているかもしれない。
そういう自分も、若い頃はやはり、妬みのチャンピオンみたいなものでした。
限りなく、周りの芝生が青く見える。
その度に、妬みの心がメラメラとなってくる。
でもね、そうなると結局冷静さを失うんでしょうね。
気がつくと、どうでもいいことで足を踏み外してしまっているんですね。
私も若い頃には、本当にそんなところで失敗をしてきましたよ。
そして、恨みましたよ、色々な人を・・・それで自分の人生好転したかというと全くダメなんですよ。
むしろ、さらに悪くなっている。苦笑
そこで、再び考えるんですね、どうすればもっと良くなれるんだろうって。
結局、非常にシンプルなことなんですけど、妬む心を昇華させることだと気づくわけです。
自分が上手くいかないからと言って、誰かを妬む、妬むというのは後ろ向きのエネルギーなので、自分自身がどんどん悪い方向に引っ張られるんですよ。
それで次のどうするかというと、どんどん周りが悪いと言い出す。
「店が流行らないのは、近くに新しい店が出来たからだ」・・とか。
最近であれば、「コロナの影響だ」・・・とか。
何でもかんでも、外にその原因があると考えてしまう。
そんな人は、結局何をしても上手くいかないのじゃ無いかと思ってしまうんです。
だって、そこには強烈な妬みというマイナスの影響があるから。
だから、そうした状況から脱却しようと思ったら、前向きに進むエネルギーに切り替えるしか無いと思うわけです。
すなわち、妬むと言う気持ちすら昇華してしまう。
もっとも、妬みの心は本当に厄介なので、自分で自覚したらそれを意識して変えていく必要があると思うんですね。
それでも、妬むという事がどうしても自分から離れないのであれば、法然上人ではないですが、阿弥陀仏にすがるように、誰か親しい人に自分自身をさらけ出すというのもありじゃないかなぁ。
親しい友達でもいいし、彼女でもいいし、両親が健在であれば親に・・・そうして、自分で自分を変えていくことも大事かなぁと思うんです。
皆さんは、どう思われますか?