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相手の粗を見つけたら、
人の欠点などを見つけて批判するのは簡単なことです。
相手を否定することから入ればよいのですから、
しかし、そうした欠点、あなたにはないでしょうか?
そして、もう一つ、
何故、人はあら探しをするのでしょうか。
そして、何故粗は見つけ易いのでしょうか。
これについて、私なりに仮説を立ててみました。
もちろん、仮説なので、それは違うと言う論破を期待している訳です。
命題)人の粗というのは、何故目立つのか?
仮説)それは、自分から見れば逆光になるからと言えないでしょうか。
順光だったら、周りの景色に埋もれて見えなくなってしまう、逆に逆行で撮影した場合、そこだけがキラリと光って目立つ場合もあります。
よく目立つから、そこを自説を交えて攻撃する。
どうすればよいのか)
しかし、何でもそうですが光があれば影があるように、あなたから見て逆光と見えるように、あなたは気づかない部分で同じように逆光の部分はあるはずです。
少なくとも、批判される人の立場からすれば、批判する人には粗として写るでしょう。
逆に、そうした相手の粗が見えたら、それを批判するのではなく、自分にもそうしたことはないかと冷静に見つめ直し、自らはそう言った、粗と言える部分をせっせと磨いてやれば良いんです。
いわば、コンパウンドで磨くようなイメージでしょうか。
目立たない傷などを磨き出す、もしくは木材の表面などに紙やすりを使って磨き出す、そんなイメージでしょうか。
相手の粗が目立つのであれば、そこを指摘するのではなく、自らにも同じ粗があるのではないかと思って、自らを磨く、粗がなくなり磨き出せば余計にあなた自身の人生にとってお得じゃないですか。
結論)
粗を探して悦に浸っているよりも、少しでも、自分の粗を消して輝くようにする方が人生としては何倍もお得だと思うのです。
敵を作らないいい人になると言うことではありません。
自らも粗があることを自覚して、相手の粗に対して攻撃を加えようと思ったら少しだけ、下がって考える。
自らにも同じような傾向はないか、もし過去に克服したものであれば、どうして克服したらよいのか思い起こす。
時には、直接相手に言うのが憚られるのであれば、blogなりで、自分の言葉でこんな風に思ったが、自分はこんな風にして乗り切ったんだと書き出す。
それの方が余程多くの人にも影響力を与えられると思うのです。
特に影響力の強い人こそ、そうして自らを磨いていって欲しいと思うのです。