
他力本願していますか。
私の現在主たる収入を得る仕事と言うのが、交代制なので、土日も関係ない代わりに、その空いた時間を活用して創作活動だったり提言活動にと言うことを行っています。
昨日も書いたのですが、「運が味方につく人つかない人」と言う本の中で、「努力を愉しむ人」と言う章が最後にあります。
考えてみたら全くそのとおりで、努力を避けて通っても何も変わることはありません。
そして、何もせずに口をあけて待っていても幸せと言うものはやって来ません。
やはり、まず動くことですね。
そう、変わる努力をすることです。
自分だけで変われると言う意思が強ければそれでも良いですが、それは中々難しい。
「自分に厳しく、他人に優しく」
口で言うのは簡単ですけど、実践となると中々難しい。
私なんかいつも自己嫌悪です。
それではどうするか、他人様の力を借りるしかないのです。
他力本願するのです。
他力本願と言うと、「ひと任せ」、「他人依存」、「第三者に任せっきりにして自分の手を一切汚さずに物事を完遂する」といったイメージを連想しがちですが、本来の意味はそうではなくて、「自らの力で悟りを開こうとすることは、不可能に近いくらい難しい、だからこそ阿弥陀仏の力を借りる」のだと言うのが他力本願の意味であり、ここではもう少し砕けた表現として、私的に師と仰ぎたい人の知恵をお借りするということです。。
私たちの経験と言うのは10人いれば10人違う経験をしているわけであり、そうした中に10人の異なった知恵がある、そうした多くの知恵を借りて、その人の考えに近づけるように自分自身が振る舞い、もしくは生活習慣などを真似していく。
それこそが、阿弥陀仏の力ではないですが、他人様の力を借りて自分を変える。
「他力本願」と言えるのではないでしょうか?
私もFBを通じて多くの方と交流させていただいております、そうした方と実際にリアルにお会いして更に親しくなった方も多くおられます。
そうした方たちに励まされながら私自身少しでも変わっていこうと常に意識しているのです。
昨日より、明日の自分はもっと輝いている。
年を重ねるということは、老いさらばえていくのを待つのではなく、今までの経験を、学んだことを今度は後世に伝えていく、これこそが大事なことなのではないかと思う今日この頃。
やっと最近になって、少しだけ、「賢くなってきた」かなと・・・まだまだ未熟で、お馬鹿ですけどね。(^^ゞ
だからこそ、少しでも多くの本を読んでそしてそうした内容を今度はアウトプットさせていただこうと思っています。