17年生きた金魚
実は少し前(年単位)に飼っていたクソデカ老金魚(琉金)が現世から離脱した。
奴との出会いはよくある縁日の金魚すくいだった。
金魚すくいには職人技が必要である。しかし当時バカなガキの代名詞である僕にはそんな「技術」の扌すらなく、一番デカいやつを普通に狙いに行った。
結果は語るまでもなく惨敗。ポイが水と金魚の持つ質量で破け、ものの見事に逃げられた。
しかし当時僕は小学生。ガキにはガキの戦い方というものがある。それ即ち、「泣き落とし」である。普通に屋台のおっちゃんに泣きついた。本当に迷惑だったと思う。生きてるかわかんないけど今謝ろう。ごめんおじちゃん。
そうして僕はホクホク顔でクソデカ金魚を手に入れた。あとなんかおまけで3匹ついてきた。
帰宅してから祖父にめっちゃ怒られた。飼う設備がないからである。風呂で飼えば良いと言ったら怒りを通り越した顔をしていた。取り敢えずバケツにぶち込み、翌日にホームセンターでカルキ抜きやら水槽やら餌やらを祖父が買い出し、二人で組み上げた。祖父マジ感謝である。僕が祖父なら風呂で飼って少しトラウマを植え付けるところだ。
設備が整う1日の内におまけの3匹の内、2匹の命が失われた。命の儚さにショックを受けたのを覚えている。だが、死んだものは仕方ないので庭に埋めてガリガリ君の棒で墓標を書いた。名前は特に付けていなかったので一号、二号とした。残りの二匹にもついでに名前を付けようということでクソデカ金魚には「トマト」、おまけには「マダラ」と言う名前をつけた。理由はトマトみたいだからと、まだら模様だからである。安直。
そんな感じで週一で水槽をゴシゴシ洗い、糞を吸い取ったりして、1年が経った。1年が経ったら何が起こるか。
縁日である。
僕は再び金魚掬いにリベンジした。男たるもの負けでは終われない。7匹掬った。大勝利である。僕は満足した。ぶっちゃけ掬えたらあとはどうでもよかったので、返却しようとしたが何故か屋台のおっちゃんに押し切られ、持ち帰った。友達に押し付けようかとも考えたが、算数が苦手な僕は2匹も9匹も大差ないか、と考え、持って帰った。帰ってそのまま水槽にぶち込み、寝た。翌日、入れた金魚のうち、3匹が浮いていた。その更に翌日には2匹が浮いていた。墓が5つ増えた。残りの2匹はその後も生き残った。
そしてまた週一でゴシゴシ水槽を洗い、糞を吸い取り、殺風景だからと砂利を入れ、春になった。
ある日、いつも通りいつまで経っても口をパクパクさせているだけのバカ金魚たちにえさをやろうと近づいたところあることに気がついた。
昨年の夏に増えた金魚たちのお腹が膨らんでいたのである。
早速僕は百科事典で金魚の生態について調べた。すると、春に繁殖、つまり卵を産むと書いてある。そこで父に懇願し、父親監視の元、インターネットで金魚の繁殖についてサーフィンした。
結果わかったのが、いい感じの網を入れておくとそこに産卵し、受精するという事だった。そこでまた祖父に懇願し、いい感じの網をホームセンターで購入し、結束バンドで筒状にして水槽におもりを入れて沈めた。
すると不思議なことにと言うか、当然というべきか、数日後、そこに明らかに卵とわかるものが大量にくっついていた。
小学生の自分は大歓喜し、そのまま毎日観察した。観察していて気がついた。卵が毎日減っている。また父に懇願し、ネットサーフィンをしたところ、金魚はどうやら卵を食うらしい。自ら産んだ卵を食うのである。アホの極みである。
その年はそうこうしているうちに全部食われてしまい、繁殖は失敗に終わった。
そしてまた週一でゴシゴシ水槽を洗い、スポイトで糞を吸い取り、いろんな藻やホテイアオイを入れては食い尽くされ、掃除をサボるためにタニシを入れては食われるなどした。
そして来る次の年の春、また金魚の腹が膨らんだ。懲りない小学生の自分はまた網を入れ、産卵されたと同時に網を引き上げてバケツにぶち込んだ。
そして暫く経ったある日、ちっこいミミズみたいなのが泳いでいるのを見つけた。記念すべき子孫の誕生である。そこからはカンブリア大爆破ばりのフィーバーであった。しかしここで問題が起きた。
餌がないのだ。
金魚はある程度の大きさになると植物性も動物性も喰らう雑食となるのだが、生まれてから暫くの間は動物性のものしか食べない。そしてバカな小学生である自分にはその違いがよくわからなかった。なので取り敢えず、金魚の餌を曾祖母が使っていた乳鉢でゴリゴリ磨り潰しに磨り潰し、餌として与えていた。当然食べず、どんどん稚魚は減っていった。
最終的に3匹が残った。小指の先ほどのサイズである。こいつ等はこんなサイズだが、蠱毒を兄弟姉妹の死骸を喰らって生き延びた正真正銘のサバイバーである。それを生み出したのは僕だが。
このくらいのサイズになってくると餌を食うので、ここから親個体の半分ほどのサイズになったときに元水槽に戻し、親子で飼育した。
後で知ったのだがこいつ等はこんなナリをしながら、琉金と和金のハーフであるため、「コメット」という品種名らしい。品評会に出すほどの格はないので知ったこっちゃないのだが、要するに雑種なんだなと理解した。雑種強勢が働いたのか、3匹ともたまたまコメットだった。
そしてそこから時間は飛び10年が経った。別に書くのがめんどくさくなったわけではない。(ちょっとなった)。マジで、なにも、ない、のである。
週一でゴシゴシ水槽を洗い、水を天然水に変えてみたり、松かさ病や尾ぐされ病になってはせっせと薬をぶち込み、祖父母と別居するときに祖父に金魚共の世話を、ボケ防止だこの野郎! とばかりに押し付けたからだ。(別魚) マニュアルは作った。
ある日、祖父から連絡が来た。遂に死んだかなと思ったのだが(祖父ではなく、金魚が)予想とは違った。
「なんか白くね?(画像添付)」
ラインにこのメッセージとともに本当に白くなった「トマト」の画像が添付されていた。
うちの祖父はラインが使える。心臓が半人工のサイボーグだからだ。めちゃくちゃ使いこなしている。めっちゃBluetoothである。
いやそんなことはどうでもいい。金魚が白くなるなんて聞いたこともない。あるにはあるがたいていそいつ等はもともと白い部分があった。トマトは真っ赤である。なんかやばい餌食ったのか?というくらい真っ赤である。余談だが、金魚の餌は普通に不味いので食べないほうがいい。
とにかくやつは白くなっていた。腹が立つほどに白く、その姿は誇張なくまるで龍を彷彿とさせた。何しろ長生きしているので尾が長く、体調の3倍近くある。それがひらひらと舞い、普段のバカみたいに口をパクパクしているところを見ていなければ妖怪だと思われても仕方がないレベルでやつは神聖さを纏っていた。しかしバカが神聖視されるのはなんか癪に障るので自分は祖父にこう返した。
「イメチェンってやつだよ」
祖父からは返信が来なかった。バカな孫でごめんなさい。
それからまた四年が経った。ちょこちょこ祖父の様子を見に行くついでにおいバカトマトーと呼んだりしつつ、餌やりをしていた。正直昔より食べる量が減ったなとか思っていた。因みにマダラは数年前に死んでいる。天ぷらにしようかと思ったが、臭そうなのでやめた。長年連れ添った生き物だったので血肉にしたかったのだ。
そんなある日、トマトもまた腹を上にして浮いていた。腹を上にして浮く病気もあり、既往歴もあるのでその可能性もなくはなかったが、この時は(あぁ、死んだんだな)と内心思った。17年、そんなにいきたら変な力の一つや二つ宿っていても不思議ではないが、特に虫の知らせとかもなかった。バカだから使い方がわからなかったのかもしれない。
そしてまた、もう何度目かもわからない埋葬をし、もう赤くないトマトと別れを告げた。特に感傷的にはならなかった。
最後に、金魚はちゃんと育てるとこんな感じで20年近く生きるので、飼育する際は「覚悟」を持ちましょう。
ではまた。