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リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム EPISODE 03 『ファースト・バイソン』 Vol.2

はじめに

 この度は数ある記事、作品の中から本作品(「リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム」)をお手に取っていただき、心より感謝を申し上げます。

 度々のお願いで恐縮ですが、お読みいただく際の注意事項を以下に添えさせていただきます。

 本作品は現在『note』のみで連載しております。その他のブログサイト、小説投稿サイト、イラスト投稿サイトでは連載しておりません。この作品は一部無料にて公開しているものですが、掲載されている画像、文章などは著作権フリーではありません。無断転載、コピー、加工、スクリーンショット、画面収録、AI学習及びプロンプトとして使用する行為はお控え頂くよう、ご理解の程よろしくお願い致します。

 この作品の物語はフィクションであり、登場する人物、場所、団体は実在のものとは一切関係ありません。また、特定の思想、信条、法律・法令に反する行為を容認・推奨・肯定するものではありません。本作には、演出上一部過激な表現が含まれております。お読みの際は、十分ご注意ください。





Chapter 19 「負勝事」


 #バイソン・イヴィディクト

 はち切れそうな剛脚ごうきゃく、筋骨隆々の分厚い体を覆う装甲、全身に施された脈線みゃくせんと胸の装飾は毛並を表現し、長い尻尾は躍り、左籠手に装着されている小型機器は虹色の光を走らせている。
 頭部には短くも太い二本の角、そして特徴的なバイソンの顔になぞらえた両目には黄色い眼が鋭く光る。
 黒く、太く、熊よりも大きい。一目で力強さと凶暴さがうかがえる黒鎧の牛人は人々に襲い掛かることはなく、因縁をつけるように、ただその大きな体を周囲に見せつけていた。
 芽瑠はリュックを床に置き、コートとブレザーを脱いで愛叶に預ける。
「愛叶、ここにいて」
「一人で平気なの?」
「ウチに任せて!」
 芽瑠は笑顔でそう言い、右目をウインクした。
 バイソン・イヴィディクトの近くまで移動し、脚を広げ、腰に手を当てて仁王立ちをする。
 靴音に気がつき、バイソン・イヴィディクトは振り向いた。
「俺の前に堂々と立つことができるってことは、さてはお前、リザエレだなぁ?」見た目に似つかわしくない高い巻き舌声で黒鎧の牛人は言った。
「……だったら、どうする?」
 図星を突かれるも、芽瑠は落ち着いた声で言い返し、左手に付けているエレメティアをタッチする。
 太陽と大地の煌めく旋律とともに、目の前の空間上に黄色く波打つ光に包まれた白い古代文字が現れる。
 両手の拳を勢いよく前方に突き出しクロスさせ、その状態から両手を返し、指の間を詰めた手の平の形にする。そして、深く息を吐きながら両腕をゆっくりと左右いっぱいにまで展開させ、風を切りながら上体を右へ捻らせ、手の平を拳の形に戻し、右手は腰に、左手は胸の前に留め、叫ぶ。
「フェアリス!」
 芽瑠の声に反応したエレメティアは、可憐な音を奏でて黄色い光を放ち、古代文字をフラッシュアウトさせて彼女の全身を包み込む。
 僅か一秒足らずで光は収束し、彼女はエレミネイションスーツ/フェアリスに変着。 黄色と黒、白の配色がうまく取れたジャケットとストライプウェーブ柄のプリーツスカートは、動きやすいよう他のメンバーの戦闘衣よりも丈短く調整されている。
 身長175センチの体に角丸五角形の機械盾を背負った華山芽瑠は、帽子の鍔を少し上げて、[盾声剣じゅんせいけんブレイシールド|シールドモード]を左手に持ち構える。
 悠々たる姿勢で一人立ち向かう芽瑠の姿に、バイソン・イヴィディクトは「やっとか」と言わんばかりに振る舞う。
「今日は黄色だけか。とうとうリザエレも仲間割れか」
「仲間割れ? ウチらはまだ仲いいよ。そっちのほうこそ諦めて解散したほうがいいんじゃないの?」
「お前たちが目を覚ますまで、は活動を続ける」
「目を覚ますのはそっちだよ。イヴィディクトはただ人に恐怖と不安を与えるだけ。そんなのはこの世界にはいらない!」

「そうだ! そうだ!」「早くあんな奴やっつけて!」「怪物はあの地区に帰れ!」

 芽瑠の勇気ある言葉に周囲の人たちは賛同の声を上げる。
 バイソン・イヴィディクトはため息をついた。
「世界か……お前らはすぐ世界って言葉を口にするなぁ。真実を知ろうともせず、平和を求めようとする。言っとくが、お前らがいつも相手にしている連中は目的に関係なくただ暴れたいだけのクズだ。俺はあいつらとは違う」
「同じでしょ!」
「同じかどうかは戦ってから判断しろ。今ならあの風女や青い小娘がいない。リザエレを倒せるチャンスだ……いくぞ!!」
 バイソン・イヴィディクトは人型から獣型に姿を変え、脚を急速に動かした。蹄の音が響く。
 高速で迫りくる黒鎧機牛の突進を機械盾では受け止めきれないと判断した芽瑠は、接触する寸前で右へ回避した。
 三メートルほどの高さに左右の壁との間は五メートルもない廊下、バイソン・イヴィディクトは愛叶たちの方へ突っ込む前に体を旋回させ、再度芽瑠に向かって突進を仕掛ける。
 芽瑠は振り返り、体勢を戻してチェンジトリガーを引いた。
 [盾声剣ブレイシールド|シールドモード]は、咲いた花が蕾に戻るように盾の形から大剣の形へと変形する。
 彼女は[盾声剣ブレイシールド|ブレイドモード]を振り上げ、剛進する黒鎧機牛に向かって渾身の力を振り下ろした。
 ドゥオン!――重苦しい打撃音が廊下内にこだまするのと同時に大剣の動きが止まった。バイソン・イヴィディクトは怯むことなく、大剣を太い角で受け止めていた。
「ええっ?!」
 思わず声が出てしまう芽瑠。力いっぱいに押し込もうとするも、下へは一切動かない。
「くっ……!」
「ふんはぁあ!!」
 バイソン・イヴィディクトは激しく突き上げ、芽瑠を天井へと激突させる。彼女が床に落ちて倒れている間に黒鎧機牛は黒鎧の牛人に姿を戻し、剣先を掴んで大剣を持ち上げる。そして背負い投げをするように勢いよく体を回転させ、床へと叩きつけた。床はひび割れた。
「ぐげはっ!」
「芽瑠!」
 愛叶は彼女の名前を叫び、エレメティアに視線を落とす。変着はできても、彼女はまだ正式なリザエレのメンバーではない。戦い方もろくに知らない。ここで戦えばみんなに迷惑がかかる。でも……。
「やっぱり一人じゃダメだよ!……そうだ、希海に連絡しよう!」
 愛叶はエレメティアに搭載されているコミュニケーションツール『ナイト』を使い、希海に応援の要請をした。
 通報で駆けつけた警察が現場に到着し、すぐさま黒鎧の牛人へ向けて射撃が行われる。
 拳銃、ライフルから発射された弾は鎧に命中。火花を散らすが、あまりに硬く、コーティングされている装甲のためか、銃弾は弾かれて壁に着弾する。
 次にイヴィディクト対策班による攻撃が行われる。5.56mmの弾は車のフレームをいとも簡単に貫く威力を持つ。だが、通常の武器もろともイヴィディクト対策班の武器でも、バイソン・イヴィディクトの装甲を貫くことはできない。
「ふん、効くわけがないだろ」
 バイソン・イヴィディクトは拳を突き上げて天井を破壊し、落ちてきたコンクリート破片を警察のへ向かって投げつけた。彼らの悲鳴がこだまする。
「……このっ!」
 芽瑠はふらつきながら立ち上がり、大剣を盾に切り替えて構える。
 盾声剣ブレイシールドは彼女が纏うフェアリススーツと連動していて、武器の形態によってステータスが変化する。
 シールドモードは攻撃力が著しく低下するかわりに、機動力、防御力が二倍上昇する。反対にブレイドモード時は攻撃力が二倍上昇するが、機動力、防御力は著しく低下する。
 イヴィディクトを無力化できるのは大剣形態ブレイドモードのときだけ。もし技を避けられたり、防がれたりして反撃でもされれば、敗北は確定となる。
 ここは相手の変身が解けるまで盾形態シールドモードで耐えるか……。しかしこの狭い空間内ではシールドモードの特性を活かすのは難しい。壁を利用した戦い方ができれば地の利は得られる。だが、そんな状況を想定した訓練は彼女は行っていない。下手に動けばさっきのように武器を掴まれ、鞭のように床へ叩き付けられるかもしれない。そしたら最大の防御も意味をなくす。かろうじて間をすり抜けられたとしても、素早く大剣に切り替えてチャージ、技を発動できる自信はない。
 どうすれば……。すがるように天井へ視線を向けた。
 そうだ、あの方法なら!――芽瑠はチャージトリガーを二回引き、盾を持った状態のままバイソン・イヴィディクトに向かって走り出した。
 思惑を知らずにバイソン・イヴィディクトは余裕の姿勢で彼女からの攻撃を受け止めようとしている。
 芽瑠は、「クアエダム・テラ!」を、発動。ステップを踏み、身体を二回転させ、右手から地のエネルギーを纏わせた光の盾を円盤投げのごとく投げ飛ばした。
 黒鎧の牛人は防御体勢を取るが、予想は外れ、光の回転盾は頭上の天井に突き刺さり、コンクリートの破片と粉煙が頭に降りかかる。
「ぐわっ! クソっ!……」
 隙ができた。芽瑠は走り、バイソン・イヴィディクトの手前で飛び上がり、天井に突き刺さる盾に掴まりながら黒鎧の牛人の頭部をじたばたと両足で蹴りつける。
「はぁあああ! はぁっ!」
 最後に思いっきり一蹴りを入れ、力いっぱいに盾を引き抜く。着地後、即座に武器を大剣に変形させ、チャージトリガーを二回引いた。
「オリエンス・ラッシュ!」
 振り向きざまにもう一度、バイソン・イヴィディクトへと大剣を振り下ろす。が、黒鎧の牛人は瞬時に獣型に変身し、長い尻尾と後ろ足を使い芽瑠を薙ぎ払った。
「うきゃあ!」
 突き飛ばされた芽瑠は大剣とともに床を転がった。
 体は何度も回転した末、うつ伏せで止まった。震える顔をあげてバイソン・イヴィディクトを見つめる。
「くっ……強い……」
「やはり一人だけでは力不足か」
 黒鎧機牛は姿を人型に戻し、胸部の痛みに耐えながら立ち上がろうとする芽瑠に近づいていく。
「やめて!」
 愛叶は黒鎧の牛人に向かって叫んだ。バイソン・イヴィディクトの動きが止まった。
「なんだと?……」
 愛叶の声に気を取られたバイソン・イヴィディクトは再び隙を見せてしまった。芽瑠は武器を取って立ち上がり、素早くトリガーチャージ。
「クアエダム・ラッシュ!」
 全身を白く光らせ、大剣を振り上げてバイソン・イヴィディクトに斬りかかる。
「うあっぁ!」
 瞬時に振り下ろされた大剣が黒鎧の牛人へと叩きこまれ、胴体に黒い亀裂を走らせた。もう一度そこへ叩き込めば無力化できる。芽瑠は斬りつける一瞬のうちに頭の中でイメージした。しかし間を置かずに繰り出された剣撃は、太い両腕によって防がれてしまう。だが、彼女は連撃を続ける。
「はあああっ!!」
 斬りつける、斬りつける、斬りつける、斬りつける、斬りつける、斬りつける――大剣から繰り出される閃光――光速連撃光波刃がバイソン・イヴィディクトの体を打ち砕こうとしている。
「ぐああぁっ!! この野郎!!」
 バイソン・イヴィディクトは技発動中の彼女の大剣を振り払う。ブレイシールドは芽瑠の手元から離れた。
 無防備となってしまった芽瑠。その彼女の左顔面に向かって、バイソン・イヴィディクトは黒いエネルギーを纏わせた拳を打ち込んだ。芽瑠の顔が歪む。
「うぎ!――」
 叫ぶ暇もなく芽瑠は吹き飛び、壁に激突した。轟烈な音が目撃者すべての体に響き渡る。
 噴煙、そして床に散らばるコンクリートの破片。粉砕された壁に上半身だけがめり込んだ彼女の姿が――。
「芽瑠っ!!」
 愛叶は急いで芽瑠のもとへ行きたいが、脚が震えてしまい、この間のように前へ進めない。それに殴られた光景を見たためか、脚の震えと一緒に突如、過去のトラウマがぼんやりと再生されはじめた。
 徐々に映像が鮮明になる前に頭を左右横に振り、正気を取り戻す。
 床へ倒れ込んだ芽瑠。彼女は起き上がろうとするも、体にうまく力が入らず立ち上がれない。
「…………あぁ」
 意識朦朧としながらも、這いつくばって武器を取ろうとする。だが、〝敵〟はそんな余裕は与えはくれない。
 黒鎧の牛人は芽瑠の体の上で左足を振り上げ、とどめの攻撃を仕掛けようとしている。鉄槌のような蹄は彼女の体を確実に粉砕させる。
「今度こそ終わりだ、黄色のリザエレ……」
 バイソン・イヴィディクトは脚に力を込め、踏みつけようとした――「ん……?」――突然、動きを止め、右腕に目を凝らしながら足を床に降ろした。
 半透明の白い六角形の構造体の光が、波立つように小型機器から繰り返される。光が腕を巡る度、人の肌が垣間見える。
「ちっ、今回は早いな……」
 バイソン・イヴィディクトはそう言い捨て、その姿のまま逃げ出した。警察がすぐその後を追っていく。
「うっ……」
 動かなかった体に力が入ると、芽瑠はやっと起き上がることができた。
 点滅し消えかかっている武器を手にし、輝きを取り戻す。
 破れたジャケット、汚れたスカートとタイツ、鍔が欠けた帽子、彼女を守ってくれたエレミネイションスーツ/フェアリスは華々しさを失い、満身創痍だ。
 目の前からイヴィディクトがいなくなったことを確認し、エレミネイションスーツを脱着。しかしその直後、芽瑠は勢いよくくずおれた。急いで愛叶は駆けつける。
 青く腫れあがった左頬と鼻。額と鼻からは血が流れ、唇は擦り切れて出血をしている。泣きたくなるほどの痛みが見て取れるように伝わってくる。
 愛叶はポケットティシュとピンクのハンカチをコートのポケットから出し、出血を少しでも抑えようとする。
「ごめん、芽瑠……一緒に戦えなくって」
「ううん……心配しないで……うっ」
 芽瑠は気を失ってしまった。
「大丈夫?! すぐ救急隊の人呼んでくるから!」
「君! そこをどいて!」
 すでに現場に到着していた救急隊員が二人の元に駆けつけてくる。愛叶はその場から離れた。
 応急処置を施される芽瑠は即座に担架へ乗せられ、地下街のエレベーターから地上へと運ばれていく。愛叶はその様子をただ見届けることしか出来なかった……。


 ◇


 戦いがあった現場には規制線が引かれ、マスコミの姿や野次馬系の動画配信者の姿もあった。
 しばらくして、希海がエレミネイションスーツに変着した状態で東浜辺駅に到着した。
 一人駅前の交番裏で壁に寄りかかり、下を向いている愛叶に希海は近寄る。
「おい、大丈夫か? 芽瑠は?」
「……希海。芽瑠ならもう病院に運ばれたよ。ごめん……手助けしてあげられなかった。変着できたはずなのに……」
 血が付いたピンクのハンカチを握り、愛叶は悔しい表情を見せている。
「そうか……。まあ、そんなに自分を責めるなよ。今のお前が変着して手助けしてもいいことなかったと思うぞ」
 愛叶の目の前を通過しながら希海はエレミネイションスーツから私服に変着する。
「もし変着して戦っていたら、お前のほうが芽瑠よりもひどいことになっていたはずだ。いや、死んでたかもしれない」
 投げられた希海らしい厳しい言葉を愛叶は真摯に受け止めた。
「勝てる相手じゃないのは見ててもわかった。あんなに強いのもいるんだ……」
「いくらエレミネイションスーツが高性能でも、相手の力がバカ強ければ絶対に大けがをする。だからあたしたちは基本的に一人では戦わないのがルールなんだよ。それなのに、なんで芽瑠はそんな行動をしたんだ? あたしが来るのを待てばよかったのに」「希海が来てたら勝てたのかな……」
「おい、あたしは今のメンバーの中で一番強いからな。芽瑠とあたしなら間違いなく勝てたぞ」
 希海の答えに一安心し、愛叶は微笑んだ。
「ごめん、弱いのはわたしだけだよね。戦って強くならなきゃ……。でも、戦うなら、イヴィディクトのことも知らないといけないよね」
「は? どうしたんだ急に」
「イヴィディクトのこと、希海たちも全然分かってないんだよね?」
「まあ……あん。わからない」
「さっき芽瑠が戦ってたイヴィディクトは周囲の人を襲わないで、変着した芽瑠と警察にだけ攻撃してたの」
「どういうことだよ?」
「分からないけど、そのイヴィディクトは戦う前にお前たちの目を覚ますとか、俺たちはあいつらとは違うって言ってて、すごく意味深だった」
「なんだよそれ、そんなこと言ってたのか? まるであたしたちのほうが悪いみたいな言い方だな」
「うん……。みんなイヴィディクトは許せない存在だとは思うけど、やっぱりここまでするってことはしなきゃいけない理由があるんだと思う」
「そこまでする理由か……思いつかないな」希海は左前髪のヘアピンを触り位置を正す。
「あの地区だっけ? EDCカードが売買されてるのって……そこに行けば何かわかるんじゃないかな」
「あの地区か……。そこに何かあるとしても、あたしたちはその場所には行けないぞ」
「行けないって、あの地区って東浜辺市にある町なんじゃないの?」
「あるよ。でもそれは噂。本当にあるかどうかわからない」
「ええ~……何それ」
「一説には弾教区というところがあの地区だって言われてるけど、マップのリアルビューで見てもそれらしき場所は見当たらないんだよな」
「へっ、どういうこと?……」
 訊き返してくる愛叶に希海は苦い顔をし、そんなのわからないとぼやいた。
「その前にまず、お前を本格的に鍛えないとな。明日学校終わったらルート東浜辺支部南館で待ち合わせだ。正確な場所は沙軌に訊いておいて」
「う、うん。明日からのトレーニング頑張るよ。トラックも五周2セットを走る」
「五周の話……あれ冗談だぞ?」
 希海はからかうように微笑んで言葉を返したが、愛叶の表情は固く暗いままだった。


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Chapter 20 「情報:規制」


 東浜辺駅で希海と別れた後、愛叶は一人帰路に就く。
 電車の車窓から見える光輝く街並みは、暗然あんぜんとした彼女と相反《あいはん》する。
 重症ではないとわかっていても、やはり容態が気になる。身体一つであれほどの戦闘を繰り広げたのだから、顔以外に骨折などの怪我をしていてもおかしくはない。
 愛叶はスマートフォンを開いてフェイスラインを起動。芽瑠宛てにメッセージを送った。

 上利加駅から歩いて自宅近くにあるコンビニで夕ご飯を買った後、エヴィー利加のエントランスを抜けて四階へ。
 カードキーと鍵をそれぞれの錠前に差し込み、401号室の扉を開錠する。
 リビングの灯りを点けて、エアコンの暖房をつける。テーブルの上に夕ご飯とキャンパスバッグを置いた。そのまま洗面所に向かい、手洗いうがい、顔を洗う。
 鏡に映る自分の顔。芽瑠が殴られた時の光景を思い出し、左頬を触る。
 男が女を殴る。あの時と完全に重なった……。母親の再婚相手に、彼女は……。
 しばらく抜け殻のように立っていると、エレメティアから突然、バイブレーションとともにコール音が鳴った。愛叶は気を取り戻し、ナイトを起動して希海からの連絡に応答する。

「もしもし、どうしたの?」

 《「一つ言い忘れてたことがあって連絡した。今日のことは絶対学校で話すなよ。最悪退学になるかもしれないから」》

「も、もちろん話さないよ。牛の怪物に殴られたって言ったって誰も信じてもらえないでしょ? それにコハナちゃんに聞かせたらびっくりして卒倒しちゃうよ」

 《「親衛隊かよ牧島……。そうか、その様子なら心配する必要はないな。テストも大丈夫そうだ。明日の訓練はよろしくな。じゃ」》

「へっ? ちょっと、テストって何? さっきの事件は茶番なの? もしもし、希海!?――あっ、切れちゃった……。え~何~、壮大なドッキリじゃないよね……。もう、お風呂沸かそうっと」

 お風呂が沸くまでの間、愛叶は夕食を取ることにした。
 熱が程よく冷めた『黄金のオムライス』の容器の蓋を開けて、フォークスプーンでオムライスをかき分けてすくい、玉子がこぼれないように口の中へと運ぶ。舌に触れた瞬間、口の中で違和感が広がった。
 濃い、しょっぱい、香ばしくない。ねちょねちょしている。
「う……やっぱりあの喫茶店のオムライスのほうが何倍も美味しいよ……」
 真心込めて作られた料理にはコンビニ飯は絶対勝てない。
 超美味しい~!、買わないと損!と宣伝しているインフルエンサーさんと広告会社は噓つき。愛叶は毒を吐きながら改めて実感する。
「そうだ、今度オストロ風オムライスを作ってみればいいんだ。あの味を再現出来たら……じゅるる」――彼女に目標が一つ増えた。
 沙軌に明日の集合場所の詳細を教えてもらうため、まだ距離のある文体でメッセージを送る。
 彼女からの返事が来るまで、再びNSNSでリザエレとイヴィディクトについて検索を行った。あの日はたまたま検索に引っかからなかっただけなのかもしれない。
 まずはじめに〈 リザエレ 〉と検索をした。しかし一般的に使われている言葉のためか、件数は多くヒットした。この中から該当するページを探し出すには軽く一時間以上はかかる。諦めて次は〈 イヴィディクト 〉と検索した。
 こちらも一般的に使われている言葉のため、ドラマやアニメ、ゲームに登場するものばかり表示された。愛叶たちが普段目にしているイヴィディクトとは全く関係のないものだった。
 今度はワードを変えて、〈 怪物 東浜辺市 〉〈 東浜辺市 イヴィディクト 〉〈 東浜辺市 鎧 怪物 イヴィディクト 〉と、検索をしたが、件数結果は0件。

「え~、どうなってんの? こっちの検索だったらヒットするかも」

 次は検索エンジン『デーグル』を使って〈 あの地区 EDCカード 〉と検索した。すると、わずかではあるが、ワードに関連するページが結果に表示された。

「こっちは出てくるんだ。どれどれ……」

 【 判断は正しい?……球界の歴史を揺るがすAIによる戦力外通告 】
 【 総取引額は数十億。EDCカードの元売人が語る裏社会の実態 】
 【 もう都市伝説じゃない? 頻発する誘拐拉致事件と日常に蔓延るEDCカードの闇 】
 【 EDCカードが売買されているというあの地区に行ってみた! 】

「ん? あの地区って場所がわからないんじゃ……」

 不信ながらも、

 【 EDCカードが売買されているというあの地区に行ってみた! 】

 の、リンクをタップする。

 (ここから先は成人向けのコンテンツです。一八歳以下の方は戻るボタンを押してください。一八歳以上の方のみ閲覧できます。)

 と、年齢確認を求められるメッセージが表示された。

「どういうこと……? あぶないサイトじゃないよね……」 

 愛叶は恐る恐る閲覧するボタンをタップした。

 ブログサイト『生楽しょうらくブログ』への遷移とともに記事が表示され、同時に画面下部に卑猥な表現の二次元美少女イラストバナーの広告が表示された。それを目にした愛叶は少し顔を引きつらせた。
「もう、こういう表現の絵って好きじゃないんだよ……女子の気持ちわかってるのかな」
 広告をタップしないよう氣を遣いつつ、画面をスクロールしていく。
 記事が投稿されたのは今年の六月。内容はEDCカードが売買されているという噂のあの地区を取材するため、EDCカードとは何かを説明しつつ、地域住民や行政機関に聞き込みを行いながらあの地区を探し出すというもの。
 だが結局、核心突く情報は得られず調査は終了。単なる都市伝説だという結論を出してこの記事は幕を閉じた。
「あの地区って本当にあるのかな……。わからないことが多くてモヤモヤするぅ~。他の記事はどうなのかな?」
 メインページへ戻り、アルゴリズムで選出されたおすすめ記事たちを閲覧をする。しかし、彼女が求める情報はどの記事にも掲載されていなかった。
 ただため息をついていると、沙軌からメッセージが届いた。

 Saki
 》「お疲れ愛叶。明日はルート東浜辺支部の隣にある太陽の形をした建物に集合よ。エントランスで待っててね。よろしく!」

「南館なんてあるんだ……『ありがとうございます。明日はよろしくお願いいたします』っと」
 愛叶はメッセージを返信した。すると十数秒後に既読マークがついた。
「うわ、早っい……」愛叶はあくびをした。
「……何でこの街に来てこんなことやってるんだろう。前よりも普通に楽しく過ごせると思ったのに……。街に怪物はいるし、昔は思い出しちゃうし、毎朝満員電車だし、嫌なことが多いよ……。まあそれでも前よりかはマシかな。ちゃんと学校に通えてる……たくさん友達も……でき……たし……」
 うとうと、うとうと、今にも瞼が落ちそうだった。愛叶はテーブルの上でうつぶせになった。部屋はエアコンの音と湯張りの音だけが鳴っている。
「でも、やっぱり一人は寂しい……ママたちと一緒に暮らせばよかった……。いやいや、わたしが決めたんだ。一人暮らししたいって……後悔するのはまだ早いよ……。これからいっぱい頑張らなきゃにゃぬわひぃゃ……」
 とうとう寝てしまった。その後目を覚ましてお風呂に入ったのは日付が変わった深夜一時だった。


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 お話はEPISODE04 Vol.1へと続きます。

 この度は貴重なお時間の中、最後までお読みいただきありがとうございました!✨

 次のお話も是非読んでいただけると嬉しいです!

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