欠点を欠点と認めず長所に変えて伸ばす。ナバレッテは、体の大きさ、腕の長さだけで勝ったわけでは決してない【ボクシング】
☆8月12日(日本時間13日)/アメリカ・アリゾナ州グレンデール/デザート・ダイアモンド・アリーナ
WBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦
○エマヌエル・ナバレッテ(メキシコ)チャンピオン
●オスカル・バルデス(メキシコ)1位
判定3-0(116対112、118対110、119対109)
体の大きさ、腕の長さを大いなるアドバンテージとしたナバレッテ。小ささをアドバンテージにできぬまま終えてしまったバルデス。この試合をひと言で表すならば、こういうことになる。が、ナバレッテはもちろんそこのみによって完勝をおさめたわけではない。
体の大きい選手と小さい選手、腕の長い選手と短い選手が居並べば、「大きく、長い方が有利」と思えるもの。けれども、それは完全に凝り固まった考え方。固定観念である。現に、不利とみられるバルデスは、ナバレッテとほぼ同じ体躯のミゲール・ベルチェルト(メキシコ)を、ものの見事に屠ってみせたこともある。
もちろんナバレッテとベルチェルトは違う。だが、たんに「体格の差」という点で比べれば、バルデスは「小ささ」をアドバンテージとして戦うこともできたはず。それをできなかった、させなかったナバレッテの戦い方を讃えるべきである。
届かないはずの距離を届かせる右スイング。跳びかかるようにして打つ左フック。ナバレッテは初回からそれを披露して、バルデスに強く印象づけた。バルデスは、ナバレッテの右打ち終わり、あるいは左フックに、得意の左フックをカウンタ―する戦法をとった。ナバレッテは、体の勢いで打つスタイルで、パンチを打った後にバランスが大きく乱れる傾向がある。だからそこを突く狙いはとても有効だ。
が、ナバレッテはヒットを奪えなくとも体を突っ込むようにして、カウンターやリターンを狙うバルデスの邪魔をする。バランスを乱したようでいて、そのまま体を沈めて防御体勢になっている時もある。“体の流れ”も後続打よろしく武器にしており、それに見入ったり戸惑ったりすると、下を向いた状態からアッパーカットやボラード(オーバーハンド)が飛んでくる。いわゆる「ノールック」の攻撃だ。
カウンター狙いの思考から始まり、ナバレッテの変幻戦法に戸惑ったバルデスは、「ナバレッテの攻撃が届かないはずの距離」に留まることですっかり受けに回らされてしまった。予測の距離からもう半歩、1歩遠い距離へと“動く”ことを自らに課し、まずは「ナバレッテの攻撃をかわす」から始め、そこから「カウンターを合わせていく」ことにシフトすれば、また違った様相となったのではなかろうか。
受け身になったバルデスが、それを打開しようと強引に距離を詰めることに転じたのもまた、ナバレッテの想定どおり、術中だった。ナバレッテは懐の深さを生かし、長距離キープの動きを見せる。そして左右アッパーをカウンタ―し、右一撃でダメージを与えたいというバルデスの焦りを引きずり出した。中盤にそういう展開を作ったナバレッテは、気持ちに大きなゆとりを持って自らは休み、バルデスを空転させてスタミナを使わせた。ラウンド終了30秒前から攻撃を仕掛ける見せ方も冴えていた。
距離を詰めたい、接近したいバルデスを完全に封じ込めたのはその接近戦だ。クリンチも巧みに使った。バルデスの左右フックをダッキングでかわし、下を向いたまま右を再三かぶせてヒットさせた。これは相当に練習を積んだ戦法だったろう。
早々に右目下が腫れ上がり、おそらく骨にも異常をきたしていたのではないかというくらい傷ついていたバルデスだが、断固としてキャンバスをなめることを拒否し、最終回には猛然と攻撃する姿も見せた。勇猛果敢なメキシカンの誇りを、ナバレッテを上回るファンへ充分にアピールした。それがこの日のバルデスができた精一杯だった。
ビッグパンチとバランスの悪さ。一見すれば、マイナス要素が先に浮かんでしまいがちなナバレッテのボクシングスタイルは、しかし、発想の転換によって見事にプラスに変えられている。「欠点を欠点として修正する」ことも大切だが、「そういう作り方、伸ばし方もある」ということを、彼のボクシングを見るにつけ、いつも痛感させられる。また、地味だが、彼は長い腕を折りたたんだショートブローも上手いということも付け加えておきたい。
《sky sportsライブ中継視聴》
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暁視GYOSHI【ボクシング批評・考察】
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