【ボクシング】ダブルタイトル戦+3。後楽園ホール全5試合の批評&感想
わずか82秒に凝縮された鈴木&アルデア、両者の持ち味
1月20日/後楽園ホール
OPBF東洋太平洋ライト級王座決定戦12回戦
○鈴木 雅弘(28歳、角海老宝石=61.2kg)
●ロルダン・アルデア(29歳、フィリピン=60.7kg)
TKO1回1分22秒
昨年10月にフィリピンで行われた試合のダイレクトリマッチ。前戦で味わわされた“距離の遠さ”をどう克服するか。鈴木と陣営が考えに考えて取り組んだ方向性がぴたりとハマった会心の勝利だったろう。
サウスポーのアルデアは、スタンスを広く取りつつ小さなステップバックで誘い込む。上体を時折前傾して、スウェーバックを織り交ぜつつ“奥行き”でも幻惑する選手だ。それに戸惑う相手にいきなりの左をヒットして心を揺さぶり、慌てて右を深く打ちにいくところへさらなるカウンターを合わせるのが得意だ。
鈴木は初戦で見せたような、思いきり飛び込むステップインを排し、アルデアが下がった分だけにじり寄る手法を使った。いわば“等距離のキープ”である。だから下がっても距離を取れないアルデアが困惑した。“気持ち悪さ”といったほうが適切かもしれない。そうして気がつくと、ロープがすぐ後ろにある。そこへ追い込むまでに鈴木は左ジャブと左フックの混合を示していた。彼が得意とする、出すタイミングと途中までの軌道を同一にするものだ。アルデアはそれに引っかかった。フックが来ると思い、低い姿勢から左へ上体を振った。実際は、鈴木は小さなジャブを打って、間を置かずにストレート軌道で手首を返すだけの右フックを放ったのだ。おそらくアルデアのボディムーブの癖を逆手に取ったブロー。予想した左フックをかわしたはずのアルデアは、この右が全く見えなかっただろう。ドンピシャでアゴを打ち抜かれたアルデアはドッとキャンバスに倒れ込み、何とか立ち上がったものの、足元定まらず大きく泳いでロープにもたれかかり、レフェリーに救われたのだった。
わずか82秒のやり取りだったが、持ち味を見せたアルデアの、さらに大きく上を行った鈴木の見事な勝利。しっかりとした戦略を立て、それを実行する戦術力。この日のような落ち着きがあれば、相手が予想外のことをしてきても十分に対応できるだろう。完全アウェーのリングで戦って負けなかった前戦の経験も大きい。
鈴木=12戦10勝7KO1敗1分
アルデア=30戦18勝10KO10敗2分
圧勝するために必要なずる賢さ、したたかさ
☆WBOアジアパシフィック・フェザー級王座決定戦12回戦
○藤田 健児(30歳、帝拳=57.0kg)
●ジョセフ・アンボ(27歳、フィリピン=56.5kg)
判定3-0(118対109、120対107、120対107)
若干、足の踏ん張りが欠いて見えた初回を終え、2ラウンドからはそこを修正し、シャープな動きを見せ始めた藤田。スピード差が歴然で、打たせず打ちながら仕留める姿は早くも容易に想像できた。そして実際に、得意の左ボディブローを次々に決めてダメージを与えたが、アンボはその度にローブローを主張。レフェリーの目をごまかしてダメージ回復を図る時間を得ることに成功した。
けれども時間こそあったものの、ダメージは残ったまま。そのまま藤田がボディブローで仕留める様相になっていたのだが、4ラウンドには本当のローブローを差してしまった。
声を上げながら悶絶するアンボは、完全に演技も入っていた。与えられた5分の休憩後に再開に応じられなかった場合、TKO負けになる──というWBOルールを聞くと、時間いっぱいで立ち上がり、攻撃を仕掛けてきたのだ。
正統なブローをローと2度判断され、実際にローを打っての5分もの中断……。集中力を持続させることがとても難しい展開になったが、藤田はしっかりと対応した。だが、ダメージ残るボディを攻めなくなったのは、彼の人柄の良さ、心の脆さを表す行為だった。ここはしたたかに、相手のようにずる賢くしていかなければならない。
妙なハンディを背負ってしまった藤田だが、サイドや背後に回り込む技術を駆使しながら連打を繰り出し、危険地帯でも巧みなボディワークを織り交ぜながらアンボの攻撃をかわしていった。しかし、いつもの切れ味がなかったように感じた。瞬間的な変化は多彩だったものの、変化を加えていくリズムがパターン化しており、それがアンボの意表を突くには至らなかった理由かもしれない。完勝だったが、圧勝できなかった点は、十分に改善の余地も時間もある。
藤田=6戦6勝3KO
アンボ=18戦13勝8KO4敗1分
“押してダメなら”……。木を見ず森を見た岩田の進化
☆ライトフライ級8回戦
○岩田 翔吉(27歳、帝拳=48.8kg)
●レネ・マーク・クアルト(27歳、フィリピン=48.9kg)
TKO6回2分21秒
不規則な軌道を描くクアルトの左フックと、タイミングをずらしつつ思いきりよく振り抜かれる右オーバーハンド。これを十分に警戒しつつ、得意のアッパーや右を差し込んでいった岩田。右強打からの強烈な左ボディブローも、クアルトのレバー、ストマックと急所の打ち所を変えて3度のダウンを与えた。
一気にボディで仕留められれば上出来すぎたが、クアルトも元世界王者。最後のひと刺しを奪わせない上手さがあって、岩田はやや攻め手に迷っていた。中途半端に距離を詰めて被弾もあった。
しかし、かつての岩田なら、さらに強引に攻めていったことだろう。もしかしたら、それで攻め落とせたのかもしれない。が、進化した形は「押してダメなら引いてみな」を体現した姿にある。
6ラウンド。前がかりになっていた自分を落ち着かせるためか、フットワークを使った。距離を取りつつリズムを取り戻した。呼吸を整えて、リセットしたかのようだった。
そうすることによって、1点に集中してしまった感覚も、全体像を見渡すものに変えられたのだろう。接近からの離れ際、バランスを崩したクアルトをしっかりと捕らえることができた。右アッパーを立て続けに2発ヒットさせ、4度目のダウンを奪うと、レフェリーが続行を許さなかった。
終始ペースを握っていたからこそできたリズムチェンジかもしれない。だが、それを試合中にできたことが有意義なのである。
岩田=13戦12勝9KO1敗
クアルト=21勝12KO5敗2分
中野の右腕にすでに反応できなかったワミナル
☆フェザー級8回戦
○中野 幹士(28歳、帝拳=57.0kg)
●ジェス・レイ・ワミナル(29歳、フィリピン=56.5kg)
KO1回53秒
自らのリズムを作ってバランスを整えつつ、距離を測り相手を牽制する。ジャブを打ちながら、そういう右腕の使い方をしていた中野に、ワミナルはすでに反応遅れを見せていた。リング中央で、やや距離が詰まったところでのジャブからの左ストレート。実質、最初に放った左ブローにも全く反応できなかったワミナルは、これをまともにみぞおちに喰って、吹き飛ぶようにキャンバスに転がった。
物足りなそうな表情だった中野だが、これは本人にはなんともしようがない。駆け引き合戦を試せる相手との来たるべき日を思い描き、精進していくしかあるまい。
中野=9戦9勝8KO
ワミナル=27戦16勝9KO10敗1分
齋藤の強さによって、中井は本来の姿を取り戻した
☆スーパーフェザー級8回戦
○中井 龍(25歳、角海老宝石=58.8kg)
●齋藤 麗王(25歳、帝拳=58.7kg)
TKO7回2分21秒
リラックスした状態で、スムーズなワンツー、ワンワンツーを打ちこんでいった齋藤。威力も感じさせる右ストレートだったが、中井はそこへ左カウンターを合わせ、フットワークで齋藤をおびき寄せて空回りさせる方法を取った。
効果的だったのは右ジャブだ。下から突き上げるようなフリッカー気味のもの、ガードの外から中へすべり込むように打つもの。モーションを極力排して、弾くように放つもの。多彩なジャブを打たれた齋藤は、これで心を乱された。右の強打で取り戻そうと、さらに前がかりになった。その気持ちの焦りを、中井に逆手に取られてしまった。中井はさらに前後左右と動き回り、空振りを誘いつつ、ジャブをこつこつと当て、強弱をつけた左もヒットした。
ペースを握られた齋藤は、接近戦でボディブローを繰り出して、打開を図った。それは結果的に成功に結びつかなかったものの、強振して空振りしたまま終わるより、可能性を示すことができた。
中井は、渡邊海(ライオンズ)にカウンターを浴びて倒されて以降、やや強引な攻撃が目立っていた。恐怖心を払拭しようという気持ちの強さかもしれないが、丁寧さや繊細さを欠いていたように思う。だが、本来、力技で戦う選手ではない。齋藤が強打者であるという認識が、中井を本来の姿に取り戻させたように思う。
7ラウンドのギアの上げ方は見事だった。右目尻から出血して心も萎え始めていた齋藤は、ダメージも蓄積していた。それらをしっかりと把握した中井と陣営の勝負勘だろう。
中井=11戦8勝5KO2敗1分
齋藤=5戦4勝4KO1敗
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