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【ボクシング】ファーストヒットの小さな右フック。あれがすべてを形成した─堤聖也7回TKO圧勝より─

☆3月20日/東京・後楽園ホール
日本バンタム級タイトルマッチ10回戦
○堤  聖也(角海老宝石)チャンピオン
●南出  仁(セレス)1位
TKO7回1分41秒

 サウスポーの右。南出に、それへの反応、対応に隙がある、と堤、そして陣営は戦前から見抜いていたのかもしれない。
 細かく速いリズムを刻みながらサークリングし、自分のテンポを作る。そうして切り出した南出に対し、オーソドックス、サウスポーと使い分けられる堤は、南出と同じく左構えでスタート。どちらかというとどっしりと、だが、その南出のテンポに立ち遅れないことを充分に意識して、南出の出方をじっと見定め、手を出さない。
 だが、これに焦れたように真っ直ぐ入ろうとした南出に、極小の右フックを合わせてみせたのだった。

 瞬間的な出来事で、かすった程度のものだった。けれども、南出はおそらく驚かされたことだろう。いや、意識外だったとしても体には刷り込まれてしまった。この一撃で、両者の立ち位置ははっきりと、大きな差となった。堤には「いつでも合わせられる」という優位性が、南出には出方、打ち方に迷いが生じた。

 サウスポー、いや、前の手(右)のフック系への反応が緩いということは、堤がプレスをかけてからのそれで、早々にダウンを奪ったことでも確信に変わったことだろう。しかし、時間はまだかなりあったにもかかわらず、堤は一気に攻め入ることをしなかった。ニュートラルコーナーで待つ間、堤はセコンドに目配せし、南出のダメージ具合等を第三者視点に求めたのだろう。

 2ラウンドに入っても、状況はまったく同じだった。せわしなく動き、打開策を求める南出を、悠然と見定めてじんわりと追いかける堤。南出が思い切って得意の左を打ちこみにいくが、腕が開き、なおかつ顔面が露わになる癖を、やはり堤は右で突いたのだった。
 またしてもキャンバスに着地してしまった南出は、ここもすっくと立ち上がる。そして続く3ラウンドには、フォームを若干修正して臨む。が、左を打つタイミングもすでに堤に握られており、左の相打ちでも負けてしまう。ここからは、堤がじわじわとプレスをかけて距離を詰め、サイドボディーからの連打を出し始めていった。

 完全にリードされた南出に、焦るなというのはどだい無理な話だ。けれども、南出はがむしゃらな勝負をかけることなく、冷静さを取り戻そうと、なんとか足を使って状況打開を図った。そうしてわずかずつ自身のリズムを取り戻し始めた5ラウンド、低い姿勢になった堤に左を打ち下ろし、さらに追撃の右フックを返そうとしたところ、チャンピオンがまたしても右フックで突いたのだった。大きく後退して、グローブをキャンバスに着いた南出。立ちながら口は悔恨の言葉を吐いていたように見えた。いいリズムになりかけた矢先を刈り取られ、自分自身が悔しかったのだろう。

 公開採点は、ジャッジ三者とも50対42。かつて聞いたことのないようなスコアだった。

 堤も陣営も、南出の心身ともにあるダメージを観察し、ゴーサインを出したのだろう。6ラウンドからは、半ば強引でラフな連打を仕掛けていった。元気な相手には決してしないような攻め口だが、もう充分と踏んだのだろう。7ラウンド、左で攻める南出に、またしても右がヒット。反転するようにバランスを崩してキャンバスにグローブを着いた南出だったが、レフェリーはスリップと裁定。しかし、ダメージは明白だった。猛攻を仕掛けた堤に、南出の状況を悟ったレフェリーが止めに入る。

 第1ラウンド。ほぼファーストコンタクトであの右のタイミングを合わせた堤。どれだけのトレーニングの集積があの反応を生んだのだろう。その一瞬が、試合の流れをくっきりと形成してしまう。ボクシングという競技の恐ろしさ、深奥をまたしても感じさせられた。

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