1・24有明アリーナ全5試合評
◆WBOアジアパシフィック・ミニマム級タイトルマッチ12回戦
○高田勇仁(ライオンズ=47.4kg)[判定2-1(113対114、116対111、114対113)]●小林豪己(真正=47.5kg)
スタンスを広げ、重心を若干低めにする小林は、普段以上に強打を当てようという意識が強かったのではないか。その意図を感じ取った高田は、元々の戦略もあったのだろうが距離を取って小林を呼び込む作戦を取り、細かいボディーワークも織り交ぜて空振りを繰り返させた。
こうしてリズムを狂わされた小林は、なおいっそう当てたい意識を引き出されて右を強振。そこへ高田は鋭い左フックをインサイドに抉る。この一撃は、当たらずとも小林の意識にも体にも強烈に刷り込まれたことだろう。
左腕をルーズに下ろす小林に、高田は外巻きの右を放つ。これはヒットすれば幸い、ならずとも小林への意識づけになる。
左フックと右クロス。これは高田がキーブローとした右アッパーへの鮮やかな伏線となった。3回に右アッパーで効かせ、右の追撃で奪ったダウンは、左ボディーブローも含めた“お膳立て”の産物だ。
高田は左フックから右アッパーをワンツーのタイミングで放つときもあれば、左を打つと見せかけて打たず、ワンのタイミングで右アッパーを突き刺す。これらは最後の最後まで小林を混乱させ続けた。
劣勢を感じ取った小林は、中盤に入ってようやく持ち味である小刻みな速い前後ステップを使った。リズムを作り始めようとする意図は感じられた。が、すでにできあがってしまった高田のペースを崩すに至らず。すぐさま高田の反撃に遭って寸断されてしまった。
右アッパーに対する混乱が続く中、小林は終盤に入って距離を潰し、左ボディーブローを叩きつけていく。ボディーワーク疲れも相まった高田はダメージを感じさせる場面もあったが、右アッパーを意識させての反撃で辛くもしのぐ。スタミナも気力も十分で、なにより序盤からの主導権掌握が功を奏した。
丹念にボディーワークを織り交ぜた高田に対し、小林の上体の動きの少なさが目についた。前の手を活かすための左腕のルーズさを責める気はないが、的を絞らせない動きはやはり必要だろう。特性ある細かいステップワークが見られなかったことも気になった。
◆日本スーパーバンタム級タイトルマッチ10回戦
○下町俊貴(グリーンツダ=55.1kg)[判定2-0(94対94、95対93、95対93)]●平野岬(三松スポーツ=55.1kg)
長身サウスポーの下町と対峙すると、誰もが一にも二にも「距離を詰めなければならない」思いに囚われてしまう。だが、前戦で津川龍也(ミツキ)が序盤で示した戦術がひとつのヒントになったようだ。下町のブローが届くほんのわずか“先”、下町に届きそうという意識を持たせつつ届かせない距離をキープすることだ。
長身でリーチも長い平野は元来の長い距離での戦い方を踏襲しつつ下町の空振りを誘い、時折飛び込んで放つ右スイングを叩きつける。津川戦では無理に追うことをやめて呼び込み返した下町だが、平野は徹底して長距離と折々の飛び込みを守り続けた。6回にその瞬間を捕らえて右フックで倒した下町はさすがだったが、平野はこれで舞い上がることなく、むしろ戦略の再確認をした様子だった。
下町が、追い足や踏み込みに精彩を欠いた点が大いに気になる。下半身に踏ん張りが利いていない面も目についた。相手が間合いを詰めてきた瞬間を操縦する技は巧みだが、自ら仕掛けて局面を変えたり作ったりという戦い方に物足りなさが浮き彫りになる。それもひとえに下半身の粘りのなさに起因するように思う。1ヵ月の延期で体重調整の難しさももちろんあったろうが、やはりスーパーバンタム級はもはや適正階級ではない気がする。
下町の不調があったにしても、平野の大善戦が際立った。「挑戦者なんだからもっと攻めなければ」という“お決まりのフレーズ”も聞こえてきそうだが、それこそこの日の下町にとっては「待ってました」の展開だろう。
戦略・戦術は見事にハマったように思う。だが、大番狂わせに届かなかったのは拳をしっかりコネクトする技術不足にある。最終回にダウンを奪った右ストレートは見事だったが、全体的にはナックルを当てる的確性が乏しかった。もちろん、下町の微妙なズラしもあったろうが、伏線づくりの少なさも含め、キャリアの若さゆえなのだろう。
◆60.0kg契約10回戦
○奈良井翼(RK蒲田=60.0kg)[判定2-1(94対96、96対94、96対94)]●渡邊海(ライオンズ=59.9kg)
ステップイン&アウトの切れ味を見て、奈良井の出来の良さを感じた。体格の小ささを逆にアドバンテージとする動きも印象的だった。向かい合う渡邊もそれを悟ったことだろう。そのため、待ち構えてタイミングいいカウンターを当てる戦法が、より濃度を増してしまったように思う。
対して奈良井は“戦前からの渡邊のイメージ”が強かったのだろう。それが功を奏した部分が半分、もう半分は慎重なあまり、もう一歩強いインパクトを与えられなかったことにつながった。
戦前のイメージと目の前の奈良井のギャップに、戸惑いと迷いが生じていたのは渡邊だった。そのマイナス的雰囲気が終始漂っていて、ポイントに結びつかなかった。最終盤に至ってようやく仕掛けたが、遅くとも6ラウンドからギアを切り替えるべきだったと感じる。
◆OPBF&WBOアジアパシフィック・ウェルター級タイトルマッチ12回戦
○佐々木尽(八王子中屋=66.6kg)[判定3-0(116対112、117対111、118対110)]●坂井祥紀(横浜光=66.3kg)
佐々木の左フックが最も生きる間合いを、坂井が見事に潰した。しかも、右アッパーという武器をともなって。佐々木の左フックが生きず、坂井の右ショートアッパーが生きる至近距離。フィジカルの強さや、押されず押す位置取りでも坂井の巧さが光る。といって、そこにのみ固執せず、スッとバックステップして佐々木のバランスを崩させ、すかさずステップインして右ストレートをヒットする若々しい動きも。
顔面かボディーか。坂井はいずれを守るかの二者択一で、いつもどおりテンプルとアゴをガッチリと守るブロックとカバーを選択。佐々木も右を上下に散らしながら、沈み込むようにするフェイントもまじえ、恐ろしいタイミングの左フックを振りかざした。が、坂井の腕やグローブのどこかに当たってからの、威力を削がれた左フックのみ。それでも迫力で優り、ジャッジの印象点を稼いだ。
上下左右への波状攻撃を、力感をともなって繰り返した佐々木。それを最後まで貫けるスタミナは驚異的だ。また、思うようにヒットを奪えず、ダメージも与えられず、倒したい気持ちが増幅して空回りしかけても、そこで破綻せず踏みとどまれるメンタルに成長度が窺えた。セコンドの手綱の締め方もうまくいったのだと思う。
しかし、独特のテンポとタイミングで攻防を展開する坂井と比べると、スピードある連打への固執が単調さを生んでいる点が際立った。ここに、まだまだ改善の余地があると個人的には以前から考えている。
並の相手なら、佐々木の左ボディーブローで沈んでいたはずだ。しかし坂井は長年「ボディー無視」スタイルを構築してきた。もちろん鍛え込んでいることもあるが、芯を外すテクニックがあるからこそ。だから「無視」ではなく「無効化」と表現を正したい。
◆WBO・WBC・IBF・WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ12回戦
○井上尚弥(大橋=55.2kg)[KO4回2分25秒]●キム・イェジュン(韓国=55.2kg)
スイッチヒッターのキムは、予想どおりサウスポーでスタートし、それをやり通した。井上が今回サウスポー対策をしていないことをふまえての作戦だろう。しかし、その意図は完全に蹂躙されてしまった。井上が次々と仕掛け、張りめぐらせる伏線に絡め取られてしまったからだ。井上が巻き散らす糸は、太くて分厚い針金の硬さと柔らかさがあり、キムもこれまでの対戦相手同様に、両腕両足を縛りつけられて身動きできない状態となり、強烈な右一撃を食らってしまった。その直前の左ボディーブローが、総仕上げ開始の合図だった。
前回のTJ・ドヘニー戦同様、スタートの井上は悠然と真正面に陣取って、余計な動きを入れずに佇む。背筋をスッと伸ばすのは、自身の“芯”を確認する作業でもあるのだろう。
目と全身から放つ雰囲気で相手に威圧感を与え、あっという間に主導権を獲得する。もう、この空間を手に入れてしまえば、左腕をイン&アウト、左足をイン&アウトに自在に入れられる。さらに右ストレートを下、上と差し込んで混乱させ、時折右スイングを空振りさせたりガードの上に叩きつけたりしてしまえば、相手は井上の動きを見入るしかない。ドヘニーもこのキムも、ガッとプレッシャーをかけて放つスイングが武器だと考えていたが、そんな余裕はあっという間にもぎ取られてしまった。ずるずると後退してロープを背負い、攻め込んでくる井上のミスを狙うのみだ。
右に対してはジャブと左フック、左に対しては右ストレート。先出し、後出し、同時打ち。いずれも鋭利なカウンタータイミングで抉られる上、一発一発が威力に満ちている。手を出せなくなるのは必然で、出さなくなれば、コンビネーション地獄に遭ってしまう。
井上の攻撃に気圧された相手は、井上の微動作にも過剰反応してしまう。ほんのわずかな肩の動き、ヒザの動き、グローブの動き。どれもがフェイントとなるが、井上にとってはそれらがリズムやテンポを構築する動きであり、防御動作にも連結している。ひとつの動きが微動作に至るまで、いくつもの意味合いを持って拡がっていく。そうして自身の一挙手一投足に反応する相手を敏感に察知する井上は、やりたい放題になっていく。2ラウンドにキムの左を直撃されたのは、ゆとりが生んだ井上の小さな隙だった。早くも呼吸困難に陥っていたキムが決めた、唯一見事な一打だった。