「引き足」と「ステップバック」。重岡兄弟の「足さばき」に進化を見た
今年4月に同じリングでそろって世界ミニマム級暫定王座を獲得。「サウスポー」、「無敗」と共通点の多い重岡優大&銀次朗兄弟は、「最軽量級らしからぬ強打」という点が最も注目を集めるところだが、ここでは敢えて別の視点から両チャンピオン、そして正規王座統一&初防衛を果たした試合を振り返りたい。
10月7日/東京・大田区総合体育館
IBF世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦
○重岡銀次朗(23歳=ワタナベ)暫定チャンピオン
●ダニエル・バジャダレス(29歳=メキシコ)チャンピオン
TKO5回2分15秒
初回からカウンター気味の左でバジャダレスを倒し、心の中にある「ゆとりタンク」に早々と差がついた両者。銀次朗は、いつもながら出すパンチすべてが強烈で、それ自体がバジャダレスにとって圧力にもフェイントにもなりえており、ヒットせずともバジャダレスの怯えを増幅させていた。銀次朗は、パンチを出さずとも微動だけで、バジャダレスを自然と下がらざるをえない状況に追い込んでもいた。
これだけ恐怖心を芽生えさせていれば、プレスに次ぐプレスからの豪快な攻撃で、一気に攻め落とすことも可能だったかもしれない。が、「窮鼠猫を噛む」のことわざがあるように、バジャダレスはほんの微かな可能性を、右ブローと同時に突き出す「頭」に賭けていた。巧みに「故意に見せないように」繰り出すヘディングである。しかし、チャーリー・フィッチ・レフェリーは実に厳格だった。執拗なほどに目を光らせていた。あっという間に減点1も課した。バジャダレスは本当にいよいよ追い込まれてしまった。
バジャダレスがもうひとつ用意していた「対策」は、受け身から打開する策だ。攻めてくる銀次朗の腕を絡め取るホールドとクリンチ、上からのしかかることだった。銀次朗の苛々を引き起こし、メンタルをわずかでも揺さぶり落とす。同時に、自分の体重を支えさせ、スタミナも削り取る。これを繰り返して終盤までしのぎ、銀次朗の動きが落ちてきたところに賭ける──。
だが、バジャダレスの「頭」も「ホールド&のしかかり」作戦も、陣営は想定済みだったのだろう。ここまでのキャリアで“攻撃重視”が目につきすぎていた銀次郎が、地味ながら鮮やかな「ステップバック」を繰り返したことに驚かされた。
長く太いアマチュアキャリアのある銀次朗が、「引き出し」としてこの技術を備えていたのは当然のこと。もちろん、目立ちはしなかったものの、プロに入ってからも披露したことはあった。だが、あれだけ攻めモードに入っていながら、これをスッと使いこなす。しかも、この大舞台で、あの状況で、というのが進化した姿だった。
正統な攻撃よりも、反則に重きを置かざるをえなかったバジャダレス。その「最後の頼みの綱」すら引きちぎってしまった銀次朗は、また一段レベルが上がっていた。超一流は、相手に反則すらさせないのだ。
そしてもう1点。「ステップバック」はバジャダレスの反則攻撃をかわすだけでなく、銀次朗自身の動きにも活力を与えた。むしろこちらの役割のほうが大きかったかもしれない。
ロープを背負わせて、豪快に強打を連打する。これは無呼吸状態を作り出す。そして、空いた所を狙っていくという工夫も見えながら、それでも単調なリズムに陥りかけてもいた。
「スタミナロス」と「相手の慣れ」。これらを一気に解消する意味でも、ステップバックは重要だった。
距離を取り、リズムを立て直すと同時に呼吸も整える。そうすることによって、変化も加えられ、かつ二次攻撃、三次攻撃をさらに強く、より強く仕掛けていくことができ、バジャダレスを完全に諦めさせることができた。
あのまま単調な攻撃を続けても、バジャダレスを攻め落とすことはできたかもしれない。が、この「ステップバック」をここで実践できたのは、今後さらに上のステージで戦う上で非常に大きかったと思う。
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦
○重岡優大(26歳=ワタナベ)暫定チャンピオン
●パンヤ・プラダブスリ(32歳=タイ)チャンピオン
判定3-0(119対109、119対109、117対111)
ダウンを奪うこともストップすることもできなかった優大だが、終わってみれば、ポイントをほぼ失うことのない圧勝。しかし、中盤まではどう転んでもおかしくない雰囲気が続いていたとみる。
銀次朗同様、いやむしろ弟以上に、攻撃力に自信を持っているかもしれない。絶妙な距離を保ちながら右、そして左フックをカウンターで狙うパンヤに、優大もやはりどんどん距離を詰め、強打を振るって圧力を与えようとした。
けれども、攻められ慣れているパンヤのハイガードは実に堅牢。しかも、これまでだったらガードの上に叩きつける強打でも、優大は相手を圧迫できていたが、パンヤは落ち着いているどころかリラックスまでしていた。
ガードで防ぎ、のらりくらりとまるで「柳に風」のようにゆらめきながら、左右へと移動して優大をいなす。ムエタイ出身選手の特徴で、相手の攻撃を腕やグローブの上に受けながら、それでリズムを取る。相手のエネルギーを吸い取って、自らの養分にしてしまうようなボクシングだ。
銀次郎も優大も、超強力な攻撃力で圧力をかけ、それによって追い詰められた相手が遮二無二出てきたところへカウンターを合わせるという駆け引きの持ち主でもある。だが、優大にとってパンヤは初めて出会った不気味さを持つ選手だったかもしれない。
パンヤは危険地帯を難なくすり抜けて、ポジションを変えながら右ストレートを優大のボディに差していくパターンを繰り返した。優大とは正反対で、まったく力感のない攻撃だが、相手を嫌がらせるに足るもの。そして、無意識に前に出ることを拒絶させてしまうタイミングも兼ねていた。このボディを意識させておいて、右ストレートを顔面に送る。力みを抜き、スピードも速めないことをベースにしながら、ほんのわずかタイミングを速めて上下に伸ばす。
「距離を詰める」「攻撃する」という思考のみに陥りがちの優大が、強引に前に出ればカウンターとなって刺さる。一撃の威力がないとはいえ、貰い続ければ蓄積する。気がついたときは足が動かない、という状態に陥ることも十分に考えられる。攻撃の厚みの印象で、ポイントは優大が押さえ続けていったが、リラックスして戦うパンヤと、力みかえって打ち続ける優大では、後半のスタミナに差が出てきてしまうのでは……という懸念があった。
しかし、「目に見えない暗雲」を解消したのは優大の「引き足」だった。ひと足先に王座統一を果たし、毎度セコンドに入る弟・優大のアドバイスか、兄弟を見つめ続ける町田主計トレーナーの指示か、はたまた優大自身が切り替えたのか。
これまでのプロキャリアでも明らかなように、強気な攻め一辺倒に陥りがちという資質の持ち主である優大が、後ろ足(左足)を後方に引いて距離を取る。これを繰り返して、パンヤの攻撃の起点であり、唯一の打開策でもあった右ボディブローを外し始めると、パンヤの混乱が噴出した。リードを許しながら、後半、終盤に逆転するという戦略を一気に打ち砕いてしまった。
当たらなくなった右を届かせようと、焦って前につんのめりながら力んで打つパンヤ。距離を取ることによって、ひと息つくことができ、ボディを打たせないことでスタミナも奪われなかった優大は、攻め時で強い攻撃を仕掛け続けることができた。試合を折り返してからは、優大がパンヤをいつ攻め下してもおかしくない展開が続いたが、それをさせなかったのは、戦い慣れしているパンヤの技術だろう。
試合後、優大はWBO王者オスカル・コヤソ(プエルトリコ)との対戦を希望した。GBP(ゴールデンボーイ・プロモーション)が強力にバックアップする、重岡兄弟同様に無敗のサウスポー。しかしコヤソは柔軟性に富んだテクニシャンだ。サイドを巧みに使いこなす波状攻撃が得意で、バラエティ豊富なコンビネーションの持ち主でもある。縦横無尽に切り込んでいくすり足も特徴的だ。
優大も銀次郎も動きの主体は「前後動」のボクサーだ。「引き足」の優大、「ステップバック」の銀次朗。いずれもが、やはり真後ろへのそれだった。コヤソの名を挙げた優大に限定していえば、パンヤも基本的には前後動の選手で、そこに救われた面もある。裏を返せば、斜め後ろへの「引き足」をマスターすれば、パンヤをもっと空回りさせることができ、なおかつサイドを取りながら、攻撃へシフトする時間も縮小でき、もっと効果的な攻めへとつなぐこともできる。そして何よりも、コヤソと対するには前後動だけでは心許ない。
優大、銀次朗ともに、まだまだ大きな伸びしろと可能性を秘めている。それをあらためて認識した王座統一劇だった。