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【ボクシング】形的には大逆転勝利。だが、力石政法はその道筋を着々と進行させていた


☆3月22日(日本時間23日)/イタリア・ラツィオ州コッレフェッロ/パラツェット・ロンボリ
WBCシルバー・スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦
○力石 政法(29歳、LUSH緑=58.7㎏)WBC5位
●マイケル・マグネッシ(29歳、イタリア=58.3㎏)チャンピオン、WBC6位

※使用グローブ=GRANT黒・緑(力石)、GREENHILL緑・黒(マグネッシ)
TKO12回2分34秒

 ジャッジ三者のオープンスコア(公開採点)は4ラウンド終了時(36対40×2、37対39)、8ラウンド終了時(74対78×3)といずれもマグネッシの優位を支持していた。力石が残り4ラウンドを全て10対9とリードしてようやく引き分けに持ち込めるという劣勢。だが、完全アウェーのド真ん中に立つ力石には、どの瞬間、どの場面においても悲壮感はまったく漂っていなかった。ポイント争いでは不利の展開だったものの、肝心の主導権争いでマグネッシを突き放していたからである。

 力石がはっきりと主導権を手繰り寄せ始めたのは7ラウンドだった。彼らしい距離を作り、左ストレートから、ほんのわずかの“間”を作って右フックを痛烈に当て、さらに左→右フック→左ストレートの強打をヒットさせたもの。いずれも得意のパターンである。そして、続く8ラウンドには左腕でマグネッシの右をブロックし、右フックをリターンするというリズミカルな攻撃を披露。さらにはマグネッシの主武器である左フックを誘い出し、その内側から右フックをヒットさせるという芸当も見せて、完全に主導権を握ったことをアピールしたのだ。

 では、そこまでに至る中盤6ラウンドまではどうだったか。本当のポイントはここにある。

 立ち上がりからマグネッシは小刻みで速いリズムに乗りながら猛烈なプレスをかけてきた。それも粗削りなものでなく、パワフルかつシャープな右オーバーハンド(身長で10cm下回るからそう見える)、力石の打ち終わりを狙うコンパクトで切れ味鋭い左フックで。体のバランスもよく、連打も利く。ここまでのキャリアでもきっと、これが必勝パターンだったのだろうと推察された。

 力石も、その速いテンポに遅れまいと、リズムを合わせた。本来、彼は右ジャブで距離を築き、ややゆったりとしたテンポをベースに、左ストレート、右フック、左右アッパーの瞬間スピードで凌駕していくタイプである。その観点によれば、力石が飲み込まれた、巻き込まれたと見えたかもしれない。が、彼は決して慌てていなかった。無理もしていなかった。このテンポに合わせる準備と覚悟があった。堂々、渡り合っていた。置き去りにできなかったマグネッシの、最初の誤算はここにあった。

 たしかに力石も右を喰った。左フックも何度も危ないタイミングで合わされた。が、本来はマグネッシの独壇場になるだろう接近戦でも、落ちていくような危うさを感じさせなかった。そればかりか、頭をぶつけられた2ラウンド、彼は笑顔すら見せた。アドレナリンが、いい具合で出、集中力が極まっていることを感じさせた。

 マグネッシのこの出方、こういう展開で試合が進んでいくことをしっかりと想定し、相応の準備をしていたのは間違いない。ガードを固めるところは固め、マグネッシが築く“間”を潰す。サイドへ動く。回り込む。それも決して“逃げ”の姿勢でなく、確固たる意志と決意をもって。

 ポイントはたしかにマグネッシが持っていった。けれども最も大切な主導権を渡していなかった。そしていちばん大きかったのは、マグネッシ・サイドの思惑を打破し続けたことだ。
 この攻め、この間合い、この展開ならば、力石に相応のダメージを与えられる、あわよくばストップまで持ち込める──本人も陣営もそう考えていたはずだが、力石の思わぬ抵抗に明らかに戸惑っていた。

 3ラウンド、マグネッシの入り際にボディへ突き刺した左アッパーは実に効果的だった。距離を詰めることへのブレーキをかけ、かつダメージも与えていた。さらには、入り際にこすり上げた右ショートアッパーも……。
 マグネッシは、ヒットを奪われるとその度に首を振る癖があった。当初は「効いてない」というアピールだったが、それもいつしか困った表情を浮かべながらのものに変化していった。力石の能力に辟易といった様子。これは勝負師として見せてはいけない仕種だ。

 パッと見の様相は「力石がマグネッシの猛攻を耐えしのぎ……」というものだったかもしれないが、実相は決してそうではない。オーバーペースで攻めまくったマグネッシは、序盤こそラウンドによって攻めることを自重したが、次第にそういう余裕を失っていった。スタミナロス、ダメージ、そして攻め落とせない力石の抵抗の強さを感じ取って、前に出る足取りが弱まっていった。おそらく、力石サイドにとっては、ほぼ予定どおりの流れ。戦略的中で、細かい戦術の変化はあっただろうが、満を持しての7ラウンドからの“突き放し”だったはずだ。

 マグネッシは序盤から頻繁にサウスポーへのスイッチを繰り返していた。これも、当初こそ力石を戸惑わせようとするものだったが、次第に自分の流れの悪さを打開しようとするためのものに変わっていった。そして、ここにもまた、力石の“巧みさ”が表れた。オーソドックス(右構え)のマグネッシに対しては、左ブローから入り、右→左とつなげる。サウスポー(左構え)のマグネッシに対しては、丹念なジャブからスタートし、左ストレート→右フックにつなぐ、といった具合に。右構えから右ストレートをリードブローにしていたマグネッシのそれを塞ぐ左リードと左ボディアッパーの組み合わせは特に見事だった。7ラウンド以降、自分の間合いとリズムでマグネッシを置いていった力石は、強い攻撃力を持つマグネッシの羽を一つひとつ削いでいった。前半に見せたように、コンビネーションを得意とするマグネッシを、一撃狙いの雑な選手に変貌させていったのは、力石の技術による。

 そうしてじわじわと羽をもいでいった末の10ラウンドからの強い攻撃──。最終12ラウンド、マグネッシの左フックに右フックを合わせて奪ったダウン、左→右フック→左で奪った2度目のダウンは、いずれも狙いすましたもの。形的にはギリギリの逆転劇に見えようが、実際は着々と堀を固めて追い詰めた末のことである。2度目のダウンから立ち上がって、それなりの時間を過ごした後、マグネッシは予期せぬタイミングで崩れた。エクトル・アフー・レフェリーはスリップダウンとして試合を続行させたが、ダメージによるものであることは明らかで、ここでストップせねばならぬ試合だった。

 勝利への道筋をしっかりと歩める技術もさることながら、熱狂うずまく完全アウェーでそれを体現できるメンタルと集中力。それが何よりも素晴らしい。そして、力石をしっかりとサポートした兄・矢吹正道を筆頭とするチームの大舞台慣れぶりも──。

「大逆転」と言えばドラマチックで耳目を集めるが、その裏で進行していた事実を浮き彫りにすれば、なるべくして成った結果。そういった意味で、私には力石の快勝と見えた。

力石=16戦15勝(10KO)1敗
マグネッシ=25戦23勝(13KO)2敗

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