「夢から夢へ」/イーユン・リー


去年、古本屋で出会った「GRANTA JAPAN」(2016)という文芸誌。名だたる作家が短編を寄稿していて、かなりお得な拾い物をしたという実感がある。どれをとっても、珠玉の短編といえるのだけど、ここで紹介したいのは中国のチェーホフとも呼ばれている(らしい)、北京生まれのイーユン・リーの短編だ。

主人公のフェイはある日、薬を飲みワインを開け、海に入ることに決める。理由は説明されず、フェイの心の中で起こっている不穏な(でも静かな)波のようなものが描きだされ、車のダッシュボードに身元が特定できる名刺を入れ、車のロックをかけないという入念な配慮を見せて、いったん舞台が閉じていく。

しかし、不運か幸運かフェイは生き延びてしまう。目が覚めたときには、警官か看護師かわからない人に質問攻めにされ、あげくに精神病院の中に入れられる。それから、フェイの身上みたいなものが徐々に明らかにされるが、それはフェイが海に飛び込んだ理由の「便宜上の説明」にしかならない。

人生に慰めを見つけられることと作り出せることは、根本的に違うこと。あなたはどちらかの能力を持っているか、せめて理解ぐらいはしている? フェイは自分に問いかけてみた。

人が生きるのをやめてしまうのは、「人生がうまくいかなかったから」という理由だけからだろうか。うまくいかなかった事実を並べれば、たとえばフェイの医師は納得するかもしれないけれど、でもそれは事実で真実ではない。

悲劇を説明すればするほど、人生は荒唐無稽な話になってしまう。でも、小説というものは、悲劇を「説明する」ものではない。個人の心の中で起こっている真実を描きだすものだと、わたしは認識している。イーユン・リーの「夢から夢へ」を読みながら、改めてそのことを思い感じた。

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