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#小説
【短編小説】「美しくあること」
彼女との待ち合わせ場所に向かう途中、後藤雪人はつい癖で、道の脇に止められた車に歩み寄った。車の窓に映る自分の顔や髪型をチェックし、マスクを外してサイドミラーに自分の顔をすべて映す。先週、不評だったパーマをとり、ストレートに戻して髪色を明るく茶色に染めたが、雪人は自分で見ても、悪くない、と思った。悪くないどころか、真奈なら感動してくれる。まだ高校生と言ってもまかりとおる、あどけない真奈の顔が、自分
もっとみる【掌編小説】去年の冬、別れた彼女とは
去年の冬、つまり年が変わる前に別れた彼女とは、学生の頃からのつき合いだった。同じ学部で、帰りの電車も一緒で、趣味も同じ—―必ず帰り道には書店に寄って、岩波文庫や新潮クレスト・ブックスやハヤカワ・ミステリを探し回る――だったから、必然、顔を合わせば話すことも多かった。どちらかというと、僕のほうから好意を抱いて彼女を家に誘った。それからつき合いが始まった。
――恋人というより、気の合う友だちって感じ
【短編小説】すれ違い
To Y
From ********
件名 最後の手紙
もうこれで最後にしますね。ほんとうに、最後に。
だって、何度メールしたってあなたは返してくれないんだもの。いいえ、わたしは返信が欲しいわけじゃない。ただ、あなたに訴えたいだけ。どれだけ、わたしが傷ついたかわかりますか? あなたにとっては、自転車で軽く事故を起こしたくらいにしか感じないのでしょうね。でもわたしにとっては、目を隠されて、
【掌編小説】2月生まれの彼のこと
生理いつ来たっけ、とiPhoneを操作していたら、誤ってカレンダーを開いてしまった。すると、リボンで結ばれた箱のマークが目に入ってくる。2月25日――今日は、ひろと君の誕生日だった。
ひろと君とは、大学生の頃知り合ってから、3年つき合ってわたしから別れを切り出した相手だった。わたしから、と言っても、ひろと君はすでに浮気を3回繰り返していて、4回目でもうこの子は心がひとつにとどまることはないんだ
【短編小説】彼の身の上話【後編】
「ある日、僕が彼女の家に……、勝手に押しかけたときがあったんです。とくに豪華なところでもなく、彼女の家は普通の4階建てマンションの2階でした。何度か彼女のあとをつけたことがあって……、まあこれは置いときましょう。彼女がドアを開けて、僕の顔を認めたとき、一瞬で彼女の顔が凍ったのを覚えています。あのとき、僕はすごく傷つきました。あんなに冗談を言い合って、お互いさらけだしあって、愛し合っていたのに。どう
もっとみる【短編小説】彼の身の上話【前編】
霧のような小雨で街が白くけぶるなか、時計台の前に傘を差さずにたたずむ彼の姿は、さながら映画の主役みたいにさまになっていた。遠目からでもわかる、質のよいグレーのチェスターコートに黒いタートルネック、下は濃紺のパンツを合わせて黒いスニーカーを履いていた。センター分けにした長い前髪から、わたしの姿を認めたとき、彼はどう感じただろう。女として、ではなく、身の上話をする相手として。
「――すぐわかりました
【短編小説】ダイヤの原石
クリスマスが来る前に、一度俺の部屋に遊びに来ないか? と大原くんから誘われた。去年授業で編んだ、ボコボコした黒いマフラーでその口を隠しながら、大原くんはわたしの顔をまともに見れず、反応を怖れながらおずおずと提案した。意地悪なわたしは、なんで? と聞き返す。大原くんは、それは、と言い、視線を泳がせためらいながらも、またマフラーを押し上げて口を隠し、堂々とキスがしたいから、と恥ずかしそうに自白した。
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