事業譲渡と会社分割
継者難をきっかけとする中小企業による大手企業への事業売却といった事業の集中と選択のためのM&Aに関するニュースをよく耳にします。今回はM&Aの代表的な方法として、事業譲渡と会社分割をテーマ としています。 なお、文中の意見は筆者個人の私見であることを予めご了承ください。
1.事業譲渡と会社分割の相違
会社の事業部門を他社へ移す代表的な手段として、事業譲渡と会社分割があります。また、会社分割には、分割により新たに会社を設立する新設分割と、分割後にすでに存在する他の会社に承継する吸収分割があります。
事業譲渡は、単に事業を売買するという個別の資産、負債及び契約関係などの売買契約で、対価が金銭等で支払われるものです。これに対して、会社分割は、会社法に規定された組織再編行為であり、対価が株式(新設分割の場合は、新設会社の新株。吸収分割の場合は、承継会社の新株)の交付です。
このように事業譲渡と会社分割は、会社の事業部門を他社へ移す代表的な手段ですが、法的に異なるものであるため、労働者保護手続き、債権・債務の承継、債権者保護手続きが異なってきます。
2.労働者保護手続
事業譲渡の場合、従業員の承継には、従業員個人と個別に交渉し個別の同意が必要です。 円滑な事業譲渡を行うためには、従業員の意向を十分に把握することが重要となります。その上で譲渡会社から譲受会社への承継の形態(出向、転籍等)、退職金の承継方法等を決めることになります。また、事業譲渡に同意しない従業員は部署異動や転職等今後の処遇について十分な話し合いが望まれます。
他方、会社分割の場合は、労働承継法が適用され個々の従業員の同意を得ずに従業員を承継することができます。 ただし、従業員保護の観点から、労働者との協議(全体説明会・個別説明会)、労働者への事前通知が必要になります。なお、会社分割では従業員は当然に承継されますので、差別的取り扱いを防止するために労働者の異議申し立てが認められ、申し立てのあった労働契約は承継会社に承継されません。
3.債権・債務の承継と債権者保護手続
事業譲渡は個別の資産・負債・契約関係などの売買契約ですので、包括的に権利義務が承継されず、個別の債権、債務ごとに移転手続きが必要になります。そのため、債権者及び債務者が多数の場合は相当の時間と労力が必要となります。ただし、個別に債権者の同意を得ることが必要なため、債権者保護手続きは不要となります。 また、許認可は承継されないので、事業譲渡の効力発生日までに許認可の取得ができるようにスケジュール調整する必要が出てきます。
それに対して、会社分割は、会社法上の組織再編行為ですので分割会社の権利義務は承継会社に包括的に承継されるため、債権・債務も相手方の同意を得る必要がありません。 しかし、債権者保護手続きが必要となります。具体的には、債権者が一定期間内に異議を申し立てることができるように所定の事項を官報で公告するとともに、各債権者に個別に催告する必要があります。 ただし、官報公告に加えて、時事に関する事項を日刊新聞紙に掲載する方法、もしくは、電子公告で行う場合は、個別に催告する必要はありません。
債権者が異議を申し立てた場合は、その債権者に債務を弁済するか、相当の担保を提供する等の対応が求められます。 会社分割の許認可については、承継が認められる場合や一定の要件を満たすことを前提に許認可の承継が認められる場合がありますので関連業界への事前確認が必要となります。
4.課税関係
消費税は、事業譲渡には課税されますが、会社分割には課税されません。事業譲渡は資産・負債等の売買ですので消費税が課税されます。当然ですが、消費税の課税対象となる資産は課税資産のみですので、留意が必要です。
不動産取得税についても、事業譲渡には課税されますが、会社分割には課税されません。不動産を多く保有する事業を他社へ移す時には、事業譲渡の場合は巨額の不動産取得税がかかることになりますので留意が必要です。(作成日:2016年11月18日)
■執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 庄村 裕