ファクトベースで考えるということ
アメリカの企業家であるイーロン・マスク氏により半年間にわたり繰り広げられてきたTwitterの買収劇が、10月27日に完了したとのニュースがありました。
Twitterと言えばSNSの代表格ですが、若い世代を中心に重要な情報源の1つとなっています。
言うまでもないことですがTwitterのようなSNSをはじめ、Webでの情報が溢れた現在において、情報を選別し、真偽を見抜く力が求められています。正しい情報かどうかの判断には、ファクト(事実)が存在し、その裏付けのある情報かどうかということが極めて重要です。ビジネス活動において意思決定をするためには、様々な情報を集めて分析し、一定の仮定を盛り込みながら将来を予測して意思決定する訳ですが、予測するために使用する情報がファクトに基づくものであるかどうかで、意思決定の精度に影響を与えます。
この点につき、将来の予想をする上で検討すべき事実として、統計データとしての経済指標を使うケースが多いと思いますので、本日はこの経済指標について考えてみたいと思います。
1.為替予測で重要視される経済指標
今年は、年初のロシアによるウクライナに対する軍事侵攻を発端に、歴史上稀に見る急激な円安が進行しています。グローバル化の進展に伴い、為替レートが企業業績に与える影響は非常に大きく、為替がどう動くかに企業は大変注目していますし、個人でもFXをしているような方は、今回のような為替の急激な変動について、戦々恐々としているのではないでしょうか。
為替を予想する場合、重要な経済指標として、次の4つがあると言われています。
・雇用に関する指標
・物価に関する指標
・景気に関する指標
・金融政策に関する指標
雇用に関する指標としては雇用統計が挙げられ、特にアメリカの雇用者数や失業率、平均賃金等の雇用統計は毎月1度発表されて頻度が高く、発表時期も早いことから、注目度が高いです。今年は、アメリカで失業率が低下し、雇用者数や賃金が伸びていることから、景気の先行き期待からドルが買われ、円安の進む一因となりました。
物価に関する指標で代表的なものは、CPI(Consumer Price Index)と呼ばれる、消費者物価指数です。これは、商品の小売価格が前回より何%変動したのかを示す指数であり、これが市場の予想を上回る時は、インフレが過熱しているとみなされます。そうすると、金融当局はインフレを抑えるために政策金利を引き上げると予想され、金利が上がるとその国の債権が買われてその国の通貨の価値が相対的に高まり、通貨高となります。2022年11月10日、アメリカのCPI発表では当初予想を下回ったことで、FRBによる利上げペースの鈍化が見込まれることからドル売りが進み、急激に円高が進みました。
景気に関する重要指標は、GDP (Gross Domestic Product:国内総生産)と言われる、一定期間内に国内で産出された付加価値の合計金額ですが、平たく言えば、その国の経済力を示す指標です。これは、日本もアメリカも四半期毎に、速報値、改定値、確報値を公表しています。GDPの伸び率について発表された値が市場の予想と乖離すると、為替に大きな影響を与えることになります。
最後に、金融政策に関する指標として、米連邦準備理事会(FRB)や日本銀行等の各国の中央銀行が発表する政策金利が挙げられます。日本もアメリカも、年8回、政策金利を含む金融政策を決定する会合が開かれています。投資家は、将来金利が高くなろうであろう国に投資をする傾向が強く、そうするとその国の通貨の需要が高まり、通貨の価値を押し上げます。今年に入ってからの急激な円安は、アメリカで年初にゼロ金利政策が解除され、3月以降計6回、アメリカの政策金利であるフェデラル・ファンド金利を4%の水準まで引き上げた一方、日本はゼロ金利政策を続けているため、金利差が拡大したことが大きな要因と言われています。
また、経済指標以外にも為替に影響する要因は多岐にわたり、今年の急激な円安の一因として、ロシアのウクライナ侵攻で原油価格が高騰し、原油を輸入に頼る日本の貿易収支が悪化し、支払のためのドルを買うことで円安圧力が高まっているという意見もあります。
2.事実を適切に把握すること
為替予測を例に、その判断のベースとなる事実の一例として経済指標を取り上げましたが、我々が何か意思決定するためのスタートラインとして、まずは事実を適切に把握する、ということが極めて重要です。事実を誤認すると、それを前提にした意思決定は最初から間違っていた、ということになりかねません。
今の世の中は、情報の入手経路として、すぐにオンラインでの検索に頼りがちです。また、SNSメディアも主要な情報源になりつつあります。個人が情報を手軽に発信出来る一方、情報が氾濫している中で、事実に基づく確かな情報が何かを見抜く目を養う必要があります。
情報の入手先として、一次的にはオンライン検索や人からの伝聞であってもいいのですが、情報の正確さを確かめるためには元となる情報源に当たる必要があります。例えば、経済指標も日経新聞等の大手メディアが発信していれば基本的には信頼性が確保されていると考えられますが、メディア情報には意見も含まれ、一定のバイアスがかかっていることもあるため、さらに情報源をたどると、統計データ等の省庁が発表している情報に行きつくことになります。
政府や省庁の統計データが必ず事実を反映しているかと言えば、過去には不正やミスがあったり、集計や分類方法に不透明な場合がある、あるいは政策的な意図がある場合もあり、違和感を感じたら疑ってかかる方がいい場合もあります。
違和感の原因が、統計データ集計には時間がかかるので、調査した時と公表のタイミングまでの時間差であることもあれば、食料自給率のように、農業政策上の意図が実態と乖離していることもあります。日本の食料自給率はカロリーベースとしているため(2021年度は38%)、日本の食料自給率は低いから農業保護が必要だ、との論拠になっていますが、生産額ベースでは2021年度は63%あり、こちらの方が一般消費者の肌感覚に近いと思います。
経済指標の多くは統計データがベースになっているのですが、経済指標を正しい情報として判断の根拠とするためには、最初から鵜呑みにするのではなく、他の情報や現実とも比較しながら、自分なりに考えて納得することが必要です。製造現場ではよく、「現場」「現物」「現実」、の三現主義が重要視されます。実際に現場に行き、現物に触れ、起こっている現実を目で見ることで、事実を適切に把握出来、問題解決に繋がるという考え方です。統計データは、経済の現場とかけ離れた省庁で集計・分析されますので、そのような机上の数値が現実的なものであるかをきちんと考えることが大事です。
私が監査法人に在籍していた時は、クライアントに対して報告メモの作成を求められ、そこでは必ず、1.事実の把握、2.問題点の抽出、3.改善策の提案、を論理的に説明しないとならないため、事実の把握が弱いと、よく上司から詰められたものですし、クライアントの納得感も得られなかったと記憶しています。また、会計処理や内部統制を検討したり説明する際は、必ず法律や指針等の条文を参照してその事実を根拠にすると、あまり反論されることはありません。
経済指標に限らず、判断のための情報を入手する場合、あるいは何かしらの情報に基づき意見をする場合、その情報が「ファクト」なのかどうかを意識して、情報の目利き力を高めて行きましょう。そのためには本を読む、実際に体験してみる、自分とは異なる業種や職種の方と話すことをお勧めします。(作成日:2022年11月17日)
■執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 花房 幸範
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