
昭和のタクシー業界が挑んだ変革(DXではなくX)
DXにおけるX(=変革)は理解しづらい
DX(デジタルトランスフォーメーション)のセミナーや研修では、 「D(デジタル)」よりも「X(変革)」の方が重要 であるとお話しするのですが、一般のユーザ部門には理解されていいない場合があります。
DXの担当者がIT会社の営業に相談した際の、本当とも嘘ともつかない笑い話があります。
DX担当者:「DXをやりたいんですよ。」
IT会社の営業:「DXに取り組むことになったんですね。分かりました。具体的にどのようなことを進めたいのでしょうか?」
DX担当者:「それがよく分からないんです。社長から『DXをやれ』と言われているので、とにかくDXをやりたいんです。」
DXとは、デジタル技術を活用して変革を実現することを意味します。そのため、「何をどう変革したいのか」は、ユーザ企業側が考える必要があります。
漠然としたアイデアでもあれば、IT会社が適切な提案をすることは可能ですが、上記のような状況では何も進めようがありません。DXを成功させるためには、単なる「DXをやりたい」ではなく、「どの業務やビジネスモデルをどう変えたいのか」を明確にすることが重要です。
本質はビジネスモデルや業務プロセスの変革にあるのですが、多くの人は「DX=新しいITツールの導入」だと捉えがちです。
なぜ一般ユーザ部門には理解しづらいのでしょうか?
「デジタル=ITツール導入」と思い込みがち
ユーザ部門の多くは、IT導入の経験が「業務改善レベル」で止まっているため、DXが「業務を便利にするためのツール導入」と誤解されやすい。
「変革」は抽象的で実感しにくい
「デジタル」はシステムやツールとして目に見えるが、「変革」は組織文化やビジネスプロセスの変更を伴うため、具体的なイメージを持ちにくい。
昭和のタクシー業界が挑んだ変革
そこで、ITを使わずに挑んだ変革を見ることによって、重要なのはX(=変革)であり、手段としてITを使うかどうかは、手段としてITを使うかどうかは重要ではないと理解してもらうようにしています
昭和の時代、タクシー業界では「流し営業」が主流でした。運転手は街を走り回り、偶然乗客を見つけるしかありませんでした。そのため、空車のまま長時間走ることが多く、燃料の無駄も発生していました。また、雨の日や深夜など、タクシーを必要とする乗客がいても、確実に捕まえる手段がなく、不便さが課題となっていました。
そうした中、タクシー協会は業界の効率化とサービス向上を目的に、無線通信の導入を決定しました。しかし、当初は運転手たちの間で強い反発がありました。「これまで通り走り回れば客は拾える」「無線機の導入にはコストがかかる」「本当に役に立つのか?」といった懐疑的な声が多く、特にベテランの運転手ほど、新しい仕組みに対する抵抗が強かったのです。
しかし、タクシー協会は「このままでは業界の発展はない」と考え、無線導入を推進しました。そして、配車センターを設置し、タクシーと無線でリアルタイムにやり取りする仕組みを作りました。この仕組みにより、駅や繁華街、オフィス街など乗客が多い場所で待機するタクシーと、タクシーを必要とする乗客を素早く結びつけられるようになりました。
導入後、状況は一変しました。運転手は無駄に街を走り回る必要がなくなり、効率的に乗客を確保できるようになったのです。その結果、収益が向上し、燃料の消費も削減されました。また、タクシー利用者にとっても、確実にタクシーを呼べる仕組みができたことで、利便性が飛躍的に向上しました。さらに、無線配車の普及により、これまでの「流し営業」中心の働き方から、「予約配車」など新たなビジネスモデルも生まれていきました。
東京無線協同組合の取り組みの具体例を紹介します。
• 1961年に東京都23区、武蔵野市、三鷹市を営業区域とするタクシー会社が、一括配車を目的として設立。
• 1965年に無線タクシー協同営業を開始(基地局1、移動局309)
• 1967年タクシー統一色を決定
• 2006年デジタル無線移動局3,739局、アナログ無線移動局1,591局
といった流れで設備投資をするとともに、タクシーの統一色を導入するマーケティング施策も講じています。
東京では、いまでも「東京無線」と記されたタクシーが走っています。これは会社名ではなく、組合、つまりアライアンスであり、航空業界のスターアライアンスと同じ考え方です。当時の無線設備投資は1社で賄うには大きすぎたのでしょう。
この変革は単なる「無線機の導入」ではなく、タクシー業界全体の働き方やサービスのあり方を根本から変えたものでした。技術はあくまで手段であり、それをどのように活用するかによって、業界の構造そのものが変わります。まさに、DXにおける「X(変革)」の本質を体現した事例と言えます。
まとめ
DX(デジタルトランスフォーメーション)について、 「D(デジタル)」よりも「X(変革)」の方が重要ではあるが、理解押しづらい。
デジタルを使わずに成し遂げた変革の事例を示すと腹落ちしやすい。