VUCAの時代は本当か(1)
VUCAとは何か?
最近、VUCA(「ブーカ」と読むことが多いようです)の時代だという話を耳にする機会が増えました。この言葉は、「私たちはこの激動の時代を生き抜くために○○しなければならない」という文脈で、企業経営や自己啓発関連のサービスの必要性を説く際に頻繁に使われています。
VUCAとは、以下の4つの単語の頭文字を組み合わせた造語です。
Volatility(変動性)
変化が激しいことUncertainty(不確実性)
将来が予測できないことComplexity(複雑性)
様々な要因が絡み合うことAmbiguity(曖昧性)
因果関係が不明確なこと
この概念は、元々1990年代に米国の軍事用語として生まれました。冷戦終結後、核兵器を中心とした戦略が不透明になった状況を表現するために用いられ、その後、ビジネスの世界で広く使われるようになりました。
私自身、この「VUCAの時代」という表現に対して疑問を抱いています。そこで今回は、VUCAの意味を確認しつつ、その妥当性について考察してみます。
VUCAの4つの要素
VUCAの各要素が具体的に何を意味しているのか見てみましょう。
変動性(Volatility)
テクノロジーの進化、価値観やライフスタイルの変化、顧客ニーズの変化など、急速な変化が見通しの不透明さを生んでいます。不確実性(Uncertainty)
気候変動や新型感染症、終身雇用制度の崩壊など、将来を予測しにくい状況を指します。複雑性(Complexity)
グローバル化した経済により、サプライチェーンが多国間にまたがるなど、様々な要因が絡み合い、一筋縄ではいかない問題が増えています。曖昧性(Ambiguity)
変動性、不確実性、複雑性が絡み合い、因果関係が不明確になり、前例のない事象に直面することが増えます。
こうして整理してみると、「なるほど」と思う一方で、抽象的な概念であるため否定しづらく、「VUCAの時代だ」と受け入れがちです。しかし、本当にそうでしょうか?
参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/VUCA
VUCAに対する疑問
私がVUCAの時代という概念に疑問を抱く理由は主に以下の2点です。
1.思い込みの影響
私たちは情報をドラマチックに受け取りがちです。例えば、世界的ベストセラー『ファクトフルネス』が指摘するように、私たちは感情的に刺激される情報に影響されやすい傾向があります。以下の問いを考えてみてください。
「世界の1歳児のうち、何らかの予防接種を受けている割合は?」
選択肢は20%、50%、80%。正解は80%ですが、知識人の正解率はわずか13%でした。
なぜでしょう?
それは、私たちがニュースやドキュメンタリーで、貧困に苦しむ人々の映像を繰り返し目にしているからです。これらはドラマチックで感情を強く刺激しますが、実際には状況は徐々に改善されています。しかし、「徐々に改善される状況」はドラマ性に欠けるため、目に触れる機会が少ないのです。
なぜこんなことが起こるのでしょうか?
私たちはニュースやドキュメンタリーで貧困に苦しむ人たちの映像を繰り返し目にしています。
これらはドラマティックなストーリーであり私たちの感情を強く刺激します。悲惨な状況が絵になるわけです。
時が経つにつれ状況は徐々に改善されるのですが、「徐々に」改善されるのではドラマティックな映像にはならないため、あまり私たちの目には触れません。
今までとは異なり大変な時代がやってきたということ自体がドラマティックで、ニュースやドキュメンタリーなどで取り上げられやすく、私たちは知らず知らずにこれを事実として受け入れることになります。
何か新しい変化があると、根本的に何かが変わってしまった、と解釈すれば、誰もが飛びついて情報を得ようとするからです。
例を挙げてみましょう。“ニューエコノミー”です。
ニューエコノミーとは、90年米国で生まれた経済理論で、ITの進歩や経済の国際化により景気循環が消滅し、インフレーションが起きることなく、永遠に経済成長が続くというものです。従来の経済、オールドエコノミーと対比して、喧伝されました。
ITの活用によって在庫調整が進み、見込み生産や需給のタイムラグが減る効果はありましたが、景気循環の消失は、今となっては多くの人が真面目に論じたのか不思議でなりません。実際、2000年代に入りITバブルが崩壊し景気が失速したため、ニューエコノミー論は影を潜めることになりました。
とはいえ、ニューエコノミー論が当時盛んにメディアで論じられたのは事実です。経済の仕組みは今まで通りというより、まったく新しい経済社会が到来した、少なくともそう論じている専門家がいる、となればニュース性がありますから、頻繁にメディアに取り上げられます。経済学者の間では少数意見であっても、一般の視聴者が誤解しても不思議ではありません。
2.利益を得る仕組み
VUCAという概念が注目される背景には、これを利用して利益を得る人々の存在があります。
例えば、コンサルタントやIT、人事領域のプロフェッショナルたちは、「VUCAの時代だからこそ、私たちのサービスが必要だ」と訴えることでビジネスチャンスを生み出します。
VUCAの時代がやってきて非常事態だ!ということになると、利益を得る人たちがいて、そういった人たちがVUCAの時代を議論の余地のない事実として流布することになります。
こうしたサービスを売っている人たちにとっては、VUCAという、定義がはっきりせず否定しづらい危機は、まさにうってつけと言えるでしょう。
VUCAをどう捉えるべきか?
VUCAという言葉は、現代の不確実な環境を表す便利なフレーズですが、それを受け入れる際には慎重さが求められます。VUCAを過剰に信じるのではなく、事実を冷静に見極め、どの部分が本当に重要なのかを考えることが必要です。
「VUCAの時代」だからこそ、「冷静な視点」が私たちに求められているのではないでしょうか?