「プロ野球選手の夢」を諦めた人たちから、学ぶこと|びす
▽「世の中には、すごい人がたくさんいる」
野球少年の端くれとして、自分にもプロ野球選手になることを夢見た時期がありました。たまたま上背に恵まれ、小さい頃は壁にボールを投げて遊んで過ごしていたこともあり、ストレートの速さには自信がありました。
その「夢」から覚めたのは、中学生の頃です。雑誌か何かで読んだプロ野球選手のインタビューに、「中学時代には時速130キロ超のボールを投げていた」という記述を見つけました。
自分と同じくらいの年齢で、どうやったら、そんなに速いボールが投げられるのか。いろいろ調べましたが、想像もつきませんでした。
「世の中には、すごい人がたくさんいるんだ」。結局、それが当時下した結論でした。
才能には差があること。努力できる時間と体力は有限であること。そして、この世界には、望んでもたどり着けそうにない到達点があること。「夢破れる」ということは、これらの現実を一気に引き受ける経験でした。
「そんな簡単に諦められるのは、夢ですらない」という意見もあるかもしれません。野球は高校まで続けて、忘れがたい経験をたくさんしましたが、自分にとって「夢はプロ野球選手」という旗を降ろした瞬間は、そのなかでも最も教訓に満ちたステップのひとつでした。
プレーヤーとしては箸にも棒にもかからない存在でしたが、自分にとって野球は特別な競技です。最初に時間を忘れて熱中し、最初に諦めることを教えてくれたスポーツでした。
▽夢を追い続けられるのは、一握り
一方、夢を追い続けられる人がいます。
才能や指導者に恵まれ、ひたむきに努力を続け、「プロ注目」と言われるまでに腕を磨いた一流選手たち。運動神経も体力も、凡人には到底及びもつかない領域に、彼らはいます。
新聞記者時代に、ドラフト会議で指名された選手の取材をしたことがありました。夢と希望に満ち、晴れやかな表情を見せる選手の言葉を聞き、仲間に胴上げされる瞬間を写真におさめました。かつての野球少年にとっては、楽しい取材でした。
ただ、その数年後に「どうなったかな」と思って選手の名前を検索すると、やはり第一線で活躍しているのはごくわずか。結果が残せないままグラウンドを去った人も、少なくありませんでした。
狭き門を突破しても、その先でさらに過酷な競争が待っている。スターになれるのは、さらに一握り。残酷な世界だなあと思いながら、それが華やかさの源泉なのだと思います。
▽プロの夢を断念した、一人の野球選手
ビズリーチに転職してから、一人の野球選手を取材しました。
強豪校・大阪桐蔭高校の主将を務めた水本弦さん。同期には、メジャーに挑戦した藤浪晋太郎投手や、現オリックス・バファローズの森友哉選手がいました。2012年に春夏甲子園連覇を果たした「黄金世代」をけん引したプレーヤーです。
野球のエリート街道を歩み、大学、社会人と野球を続けた水本さんでしたが、ついにプロの選手としてグラウンドの土を踏むことはありませんでした。その夢を断念したのは、大学生の頃だったと言います。
人生を賭けて追い続けた夢にまで「あと一歩」というところで、その手が空を切る――。大きな選択でしたが、しかし、記事で伝えたかったのは、その先の生きざまです。水本さんは社会人野球から引退後、自身が直面した「アスリートのセカンドキャリア」という課題を自ら解決しようと、起業に踏み切ります。
優れたアスリートだからこそ直面した苦悩と、そのなかで下した決断。耳にするのは自分とは全く異なる境遇・環境でしたが、学びに満ちた取材でした。
▽ドラマは終わる。人生は続く
この原稿を書いているときに、面白いWebページを見つけました。一般社団法人日本野球機構の公式サイトで、元プロ野球選手のセカンドキャリアに焦点を当てたインタビュー記事が掲載されています。
そこにつづられているのは、グラウンドを去った後も、会社に就職したり、資格を取得し直したりして、前向きに働く元プロ野球選手の姿。「野球しかしてこなかった」ことへの不安を乗り越え、挑戦を続けています。おそらく現役選手向けの記事なのでしょうが、自分のような普通の社会人も励まされる内容に作りこまれていました。
野球は「筋書きのないドラマ」と言われます。一方、キャリアや人生は、ドラマではない。幸運に恵まれ、ひとつの頂点(クライマックス)を迎えることはあるかもしれませんが、その後も何年、何十年と日常が続くわけです。
キャリアの難しさは、そこなのだと思います。夢を追っていることが、無条件に「良い」は言えない。しかし、夢や張り合いが一切なければ、頑張り続けることさえ難しい。「できること」「やりたいこと」「やらなければならないこと」のなかで、誰もがシビアな選択を迫られています。
10月は、プロ野球のドラフト会議が開かれるとともに、各球団が選手に「戦力外」を宣告する時期でもあります。プロの世界に挑む新星が脚光を浴びる一方で、ユニホームを脱いだ後もなお、新たな道を切り開こうともがく人にも目を向け、その努力をたたえたいなと思います。
さまざまな領域で過去の経歴に区切りをつけ、新しいキャリアを築こうと奮闘する人々のエピソードをご紹介します。