1on1で「ベテラン部下とどう向き合う?」問題【後半】
【前半】記事の最後のところで、「話し手の専門性に勝った知見が、聴き手側に求められることはない」と書きました。つまり、結論から言うと、相手が若手でもベテランでも、1on1でやることは同じだということです。
「そんなことを言われてもなかなか…」という声が聞こえてきそうです。ベテランメンバーには「若僧の部下になってしまった…」とか、「お手並み拝見」といったネガティブな心情が潜んでいるかもしれませんから、そんな圧を感じれば気が重くなるのも無理はありません。そんなムードの中、どんな進め方があるのか、ご紹介できるのはあくまで一例にしかなり得ませんが、なんらかの参考になればと思います。
以下、上司のスズキさんと、ベテラン部下のタナカさんの1on1ミーティングの後半になります。【前半】パートの最後、37行目に続くところからです。
おそらく上司のスズキさんは、どこかでタナカさんのキャリアについて尋ねてみようと思っていたのでしょう。タナカさんからのトピックが出てこないことを十分に確認したのち、思い切って踏み込んでいきます。
ここで聞き手は、こうした話し手の自虐に「そんなことないですよ」などと返しそうですが、あくまで素直に受け止めるだけにしているところはポイントです。タナカさんはすでに”話すモード”に入ってますから、余計な感情を挟まず次を促す言葉に留めています。
なるべく短い言葉だけで、合いの手を入れるような感覚で応答しています。記憶を辿り始めたタナカさんの思考を切らないよう、テンポよく寄り添っています。
「傾聴せよ」などと言われると、とかく耳ばかりに神経がいきがちですが、相手のメッセージ情報は言葉だけではありません。ノンバーバルの変化に注意を払っていくと、視覚を通じたメッセージが多大であることに気づきます。それを敢えて言語化して本人に返すことで、相手からの信頼感が増すというオマケもついてきます。
また、ひととおりの記憶がよみがったところで投じられる価値観に関する問いは、ふだん動いていない頭の隅っこの方に刺激を与え、新しい行動のタネを見つけるきっかけになることもあります。
だんだんと聴き手側の発話量を減らしています。タナカさんの頭の中がグルグル回っていることに気づいているスズキさんは、できるだけ沈黙とキーワード返しのみに留め、憶測できそうなこともすべてわきに置いて相手から言葉が出てくることをひたすら待つ姿勢を貫いています。
タナカさんが思い浮かべている頭の中の情景は、スズキさんにはまったく見えていません。でも、事の詳細は分からなくても、タナカさんの中でかなり解像度の高い絵が浮かんでいることは察することはできます。なので、余計な言葉は一切挟まず、いきなり次の行動を尋ねています。繰り返しですが、スズキさんにとって、タナカさんがどんなことを考えているのかは不明です。聴き手からすると勇気ある展開ですが、想像よりはるかに多くのことを話し手が考えていることを実感できる貴重な局面でもあります。
思いがほとばしり始めたタナカさんに対し、スズキさんはひたすら、沈黙、反復、伝え返し、肯定的反応、アイメッセージ、観察フィードバックのみです。人は、問われて初めて考え始めますし、すでに考えていたことも言葉に出すことでさらに新しい思考を生みます。そして新しい思考が新しい行動を促します。これが主体性のメカニズムです。
こういう話をするのに慣れていない人には、照れくさいような気持ちもあろうかと思います。でも、関心をもって実直に向き合うことが、行動する背中をじんわりと押すことになります。また、スズキさんのセリフ105も見逃せません。抽象度が高すぎてなかなか繰り出せない問いですが、上述のようにタナカさんの頭の中では、聴き手まで伝わってこない無数の考えがいっぱい飛び交っています。そのことが、すぐあとのタナカさんの回答106にも表れています。
1on1は、直近の業務をふり返ることで内省してもらう以外に、こうした中長期視野で自身のキャリアをふり返ってもらうためにも使えます。これまでどんな仕事をしてきたのか、その経験をふり返って今思うことは何か、これらを言語化していくと、自分自身の価値観をあらためて自覚でき、“ありたい未来の自分”の解像度が上がっていきます。
先行き不透明な環境だと、不安が増して、今やるべきことに手がつかなくなります。逆に言えば、見通しがよければ、目下のやるべき仕事に集中できますし、さらに、今やっていることが将来の自分と少しでも関連づけば、今の仕事に取り組む意義が強化されます。企業がキャリア自律支援を推進する理由の一つはここにあります。
本ケースではキャリアがテーマになりましたが、通常業務のふり返りでも基本は同じです。繰り返しですが、やりたいのは「相手自身が考えていることを、当人と一緒になって表に出し解像度を上げていくこと」です。発言について良し悪しをジャッジするといった正誤判断をすることではありませんから、相手に勝る専門知識も、詳しい背景事情も必要ないわけです。
ただ、そういう話をベテラン社員すると、相手によっては「自分のことは自分でよくわかっているので壁打ち相手は不要」という方も出てくるかもしれません。本当に自問自答でOKという人が存在することは認めます。しかし、実際あまり多くはないのと、「自分で自分がわかっている」という発言をしている人ほど怪しいです。ですから、そのような場合は「あなたのためだけじゃなく、こうした言語化に付き合うことは“私があなたのことを知る機会”になるので、協働者にとっても助けになる必要な時間」だということを伝えてください。そして、どうにかテーブルに着く習慣さえ身につけば、後にその効果はじわじわ出てきます。
さて、ここまでいかがだったでしょうか? こうしたTipsは、皆さんが抱えるすべてのケースに当てはまるものではありませんが、感じ取れるところ、そこから応用できるところがあったら拾ってください。また、別の困ったケースがあったらコメント欄から教えてください。皆さんの1on1が、より有意義な時間になることを切に願っています。
(おわり)
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