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ANAのVIP担当者に代々伝わる言いにくいことを言わずに相手を動かす魔法の伝え方 単行本(ソフトカバー) – 2016/7/8

ここ数年でリモートワークがだいぶ進んだこともあって、朝オフィスに向かう前に、通勤時間帯を避けて最寄り駅近くのカフェで仕事を始める機会が増えました。店内を見回すと、私のような出勤前のビジネスパーソンが多そうですが、その他に、学生と思しき人たち、また、すでに真剣な表情で訪問準備をしている営業マンの姿もよく見かけます。そして、案外多いなと思うのが、おそらく現役引退したであろうオジサマたち。それぞれ立場は違えど、個々に自分と向き合って、今日という一日に臨むべく心を整える時間を過ごす空間になっています。

ところが、ある朝のことです。そろそろ通勤時間帯が終わろうとする頃、珍しく5~6名の女性の団体が入ってきました。あたりのテーブルと椅子をにわかに集め、にぎやかなおしゃべりを開始。誰かがネタを振ると、他が必要以上に乗っかって相槌を入れ、ツッコミを入れては大うけリアクションし、また次のネタがかぶさるといった具合。耳をふさいでも聞こえてくる内容から察するに、この近くの私立幼稚園に子どもを送り届けた後のママ友たちの会合のようです。

もういい加減終わってくれるかな?という期待も虚しく、ボルテージは上がる一方で朝からほぼ居酒屋状態。なんとなく、あの真ん中に座っているのがボスかな、そして隣でやたらに迎合しようとしている人、うまく話に乗っかろうと必死に合いの手を入れようとしている端っこの人は新米かな? と、どうでもいい方向へ意識が持っていかれて朝の集中力が崩壊してしまいました。あ~あ、もう行こ。

そう思って片付けようとしたとき、ひとりの白髪の紳士が立ち上がりました。

「おまえたち! 喧しいんだよ! みんな静かに音楽を聴きながらコーヒーを飲んでるんだ!!」

この紳士も、私と同様、あきらめて帰ろうと思ったのでしょう。片付けるためにトレーを手に立ち上がり、女性陣のわきを通り抜けようとしたとき、思わず声を挙げずにはいられなかったご様子。女性たちは一瞬ハッと静かになったものの、数秒後には逆に“困った老人”を見るような眼差しで、表情はやや呆れたような冷笑に。それに気づいた紳士はさらに声を震わせ、「おい、今笑ったろ。ニヤニヤするんじゃない!」。

おそらく、この紳士にとってはちょうど娘くらいの世代なので、子どもたちを叱るような気持だったのでしょうか。女性たちも、うるさいオヤジに怒られて舌ペロという雰囲気にも見えました。そして紳士はカンカンになって店を出ていき、女性たちはすっかり白けたとばかりに弾まないトークをだらだら続け、私を含む残された客も朝からどんより疲れた気分に。

さて、なぜこんな話を書いているかというと、今回取り上げている本の中に、上述のエピソードの中で使えたかもしれないピッタリフレーズがあったことを、あとになって思い出したからです。あの紳士が、もしこんなセリフで対応をしていたら、間違いなくヒーローになっていました。

(小声で)「だいぶにぎやかになっちゃってますよ」

叶えたいことは、誤りを正したいのではなく、誰かのメンツを保つことでもなく、怒鳴り散らしてストレス解消することでもありません。やりたいのは相手に行動を変えてもらうことです。その目的に最短距離で到達するためには、どんな一言が最適なのか。本書では、百戦錬磨のお客様対応経験を通じて蓄積された数々のケースが紹介されています。私など人事をやっていると、社員がカスタマー的な存在になることもあります。多様な社員とのさまざまな場面を思い返しながら、こんな伝え方があったのかと、読みながらいちいち唸ることになりました。

難題を押し付けてくる客に「無理です」ではなく「できることがないか確認してまいります」に置き換えるだけで、結論は同じでも、そのあとの言葉のラリーが変わっていくことは想像がつきます。「人が意見に反対するときは、 だいたいその伝え方が気にくわないときだ」と言ったのはニーチェだったそうです。なるほど、頭にくるのは話の内容じゃなく態度のほうだというのは納得感があります。

人間はさまざまなコミュニケーションの中で、いわゆる「情報交換」だけでなく、「情緒交換」も行っているそうです。そして、後者の影響力が思いのほか大きいとも言われています。奪い合い競争によって発展してきたこれまでの人類史が、より協力的な関係性をもって社会を進化させていくフェーズに移っていくという話もよく耳にします。そういう未来を創っていくなら、人と人とが建設的な協力関係をつくるための言葉をたくさん知っている大人に増えて欲しいものです。もちろん私もそうなりたいですし、周囲にも広がっていったらいいなと思います。

(おわり)


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