ドラッカーは晩年、なぜ、非営利組織のマネジメントに関心を持ったのか?
お読みいただきありがとうございます。
今回は、佐藤等先生(実践するドラッカーシリーズ他の著作の作者でもあり、NPO法人ドラッカー学会の代表理事)が講師を務めるEDM(エッセンシャル・ドラッカーマネジメント実践コース)の3期を半年間ほど運営していて、このコースでは参加者に毎回、リフレクションと称するレポートを書いてもらうのですが、私も運営側ながら毎回、書いていて、そこでの気づきをシェアします。
佐藤等先生はこちらの方です。
今回のコースでは、ドラッカー教授の「関心」にフォーカスしてみたのですが、ちょっと気になっていたのが、ドラッカー教授にとっての非営利セクターへの関わりです。
ドラッカーは晩年、なぜ、非営利組織のマネジメントに関心を持ったのか?ということを、今回は探っていきたいと思います。
まず、事実確認から。2005年のインタビューから作成された私の履歴書(『ドラッカー20世紀を生きて』)の中で、ドラッカーは、今は企業からの新規の仕事は受けておらず、過去3年のNPOの仕事は半分を超えている、と語っています。
結局、ドラッカーはこのインタビューの後、2005年11月11日に鬼籍に入られてしまいますので、実質、最後にドラッカーが取り組んでいたことにNPOの支援だった、ということがあるでしょう。
これは講座の中で佐藤先生から教えていただいたのですが、ドラッカーが著作『非営利組織の経営』を1990年に書いているのですが、これは、同年の1990年ドラッカー財団が設立されたのと関係しているそうです。同財団の目的は、非営利組織の活動を支援することにあったため、その理論書として必要だったのでしょう。
以下、佐藤先生のコメントです。
5つの質問はもともとパンフレットとして作られたと聞きますが、いろんな方の記事で膨らませて、一冊の本に仕上がっています。
さて、ここまで、ドラッカー教授が人生の後半に「非営利組織」に関心を持ち、このセクターのマネジメントの質の向上に関心があった、ということを確認した上で、話を戻しましょう。
ここで問題というか、疑問は、なぜ、ドラッカー教授はこのセクターに関心を持ったのか、ということです。
インタビューを中心に起こされたドラッカーの評伝である『ドラッカーはなぜ、マネジメントを発明したのか』の中で、ドラッカーの関心の変遷について書かれた部分がありました。
この本によると、ドラッカーは、初期の著作では、企業や組織の従業員という役割を通じて、産業社会の産業市民になれる、という説を唱えていました。『産業人の未来』では、大企業がコミュニティを再構築し、そこが社会的な課題が整理される場所になる、と書いています。
ところが、1990年代から、アメリカではダウンサイジング(人員削減)の嵐が吹き荒れます。ドラッカーは当然のようにこれに反対します。
1994年の「社会転換の時代」というエッセイでは、「知識社会の本質である可動性が、従来型のコミュニティを破壊した」「知識社会では、誰が社会課題に取り組むのか?」という課題提起をしています。
少し解説しておきますと、人が自分の知識や専門性の対価として給料をもらえるようになると、より自分の価値を評価してくれ、活躍できる場所に移動して働くようになります。これが上の文章で言うところの「知識社会の本質である可動性」ということです。後半の従来型のコミュニティというのは、土着のといいますか、生まれた場所からなかなか移動できない社会において生まれてくるコミュニティのこと。私が別記事で紹介しています橘玲さんのおっしゃる社会資本のことです。こちらも参考までにリンクを貼っておきます。
話を続けます。ここでドラッカー教授は、ガバメントセクターがこの問題を解決できるのか、と問いかけます。政府が放置されている社会的課題に取り組むことはできるのか、と。
「社会サービスを”運営”する機関としての政府は、ほとんど無能であることが明らかになっている…」
と、これは全否定。そして、「新しく登場してきた独立の”社会セクター”が社会的諸問題に取り組むことになる」と語っています。
1997年にはドラッカーはインタビューに答えてこのように発言しています。
この辺の話は、前回の記事に書きました、from Meというゲームの体験からの感想に近いものを感じます。こちらも参考までに貼っておきます。
この「人間そのものを変える」というのはどういうことなのでしょうか?
1993年の『ポスト資本主義社会』では、第9章「社会セクターによる市民性の回復」に、社会的なニーズの2つの分野が書かれています。端的に言うと「救済サービス」と「社会サービス」とがあり、ドラッカーは後者のニーズが高まる、と言っています。そこでは、「社会サービスは、救済サービスと異なり、コミュニティを変革し人間を変革する」(P.215)と書いています。
さらにドラッカーは、この社会サービスが必要になる理由をいくつか挙げています。
・高年者の急速な増加
・保健に関わる研究や教育、治療や入院のための施設が求められ、多様化し複雑化していく
・成人の継続学習がますます必要になっていく
・片親の家庭が増加する
そして、「特に社会サービスのための社会セクターが、先進国における成長セクターとなる」(P.215)とまで言い切っています。
上の4つの問題を見ていて思ったのは、先に紹介しました橘玲さんのおっしゃる3つの資本のうち、「社会資本」の部分がどんどんビジネス化して、つまりは「お金を出さないと得られないもの」になってきているということがあるのではないかな、と思います。
高齢者の孤独、健康面の問題、学習の問題、シングルの問題、いずれも背後にコミュニティがしっかりあれば、相互に支え合い助け合ってきた問題だと思います。ムラをイメージしていただければわかりやすいでしょう。
いわゆるサロンビジネスやコミュニティビジネスに加え、個人的には「人間関係の問題ビジネス」と呼ぶべきものも、最近は存在していると私は思っています。これは、これを学べば人間関係が良くなりますよ、みたいなことを言って、セミナーやプログラムを売りつける商法のことを言っています。
そもそも、基本的に世の中に解決すべき「人間関係の問題」というものは存在していないのです。それはたいてい、AさんとBさんという具体的な人と人とのコミュニケーションの問題であって、それを一般化普遍化概念化して「人間関係」というよくわからないものに昇華してしまい、そこから抽象概念レベルで解決しようとすることは、実際にはあまり意味のないことです。
でも、占いにしてもコミュニケーションセミナーにしても、個々人の人を切り離して「人間関係の問題が解決する」と謳っていたりするのは、それがビジネスになるからです。実際には、夫婦仲が破綻していれば離婚か別居すればいいし、親子だからといって仲良くする必要はないわけです。友人職場ならなおさらのこと、距離を取ればいいだけのこと。ネット社会になってやりにくくはなっていますが、それでも意識すれば可能です。
こういう「人間関係の問題ビジネス」に付け込まれたり、あるいはホストや頂き女子の詐欺にあったりする理由、もっと言えば、高齢者を狙った振り込め詐欺に至るまで、もともとの問題、ドラッカーの言う「社会サービス」のニーズを満たす、まっとうなサービスが社会に足りないからではないか、と思ったのです。
日本のNPO法はもともと阪神淡路大震災の際に、ボランティアを受け入れる法律がなかったために、急遽、作られた法律でした。正式名称は、特定非営利活動促進法と言って、法律の対象となる非営利活動が「特定」されていますが、実際には、その種類も多く、なんでもありになっています。
ドラッカーの「救済サービス」と「社会サービス」という分類は、この法律には反映されていないかと思われますが、上のような社会の状況を鑑みるに、かなり現実的に納得感のある分類だと感じます。というか、おそらくNPO法自体は前者のイメージでつくられているように思いますが、古いコミュニティが崩壊することで、結局、様々な社会問題が生まれてくるという意味では「社会サービス」は「救済サービス」の予防医学的な意味が出てきそうに思います。
もう一度、引用してみましょう。
社会(ソーシャル)セクターが単に社会に良いことをする、というだけでは、企業や政府がやることと、さほど価値が変わらないことになります。ただ、そこにコミュニティの再生ということが加わると、まさに社会(ソーシャル)セクターならではの活動、という風に思えます。
ドラッカーの関心、で言えば、ドラッカーが目指していたものは、「自由で機能する社会」であったと言われます。それは、自らが体験したファシズム(全体主義)への批判であり、反省からの視点です。
1995年の『産業人の未来』でドラッカーはこう書いています。
当初、ドラッカーは、企業組織がその役割を担うよう期待していました。しかし、短期的に目に見える利益を求められる企業組織だけでは、その機能はどうやら果たせそうにない。機能優先になり自由がなくなり、つまりは企業の業績のために従業員を犠牲にしてしまうような行動も取ってしまう。では、政治セクターかと言えば、そこに市民性が無ければ、結局、ヒトラーが合法的に独裁政権を樹立してしまったことからの回避はできないのではないか。それでは意味がない。
ソーシャルセクターの活動によりコミュニティが再生し、そこでの活動によって市民性が育まれ、政治が機能することによって社会を自由で機能する社会に近づけていく。
それこそがドラッカーが最後に夢想したモデルなのかもしれません。
現場からは以上です。
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