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ドラッカー『非営利組織の経営』第III部「非営利組織の成果」を読み説く

「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒すために」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。

御覧いただき、ありがとうございます。
今回は不定期連載しておりますドラッカー『非営利組織の経営』の読み解き、第III部です。

前回の記事はこちら


さて、折り返しの第3部です。原題では、Managing for Performance(パフォーマンスのためのマネジメント)とあり、副題に、how to define it ; how to measure it (どのように定義するか、どのように測定するか)となっています。

ちなみに原文と見比べますと、冒頭部分の一文でも、翻訳との違いがあることがわかります。

原文
Non-profit institutions tend not to give priority to performance and results.
翻訳
非営利組織には成果を重視しない傾向がある。

どこが違うかと言えば、日本語の「成果」のところ。原文では、「performance and results」となっています。results は「結果」ですからまさに「成果」なので、performance の部分が訳されていません。

普通に考えて、performance というのは生産性に関する考え方で、要するに上手に回っているか、というようなことになります。第II部の第2章の戦略のところで、この performance という考え方が既に出てきました。改善のためには、人とお金と時間という生産要素(リソース)を効率よくまわしていかなければならない。そこには計画的な廃棄も必要だと言っていました。

先ばしってしまいましたが、この第III部の全体を見てみましょう。

第1章 非営利組織にとっての成果
第2章 「してはならないこと」と「しなければならないこと」
第3章 成果をあげるための意思決定
第4章 学校の改革|アルバート・シャンカーとの対話
第5章 成果が評価基準|まとめとしてのアクション・ポイント

この部は他の部とは違い、対話がひとつしかありません。第1章から見ていきます。

第1章 非営利組織にとっての成果

冒頭は成果の話と、その測定のための指標の話が出てきます。この話は前の部でも少し語られていたことです。前回の復習も兼ねて気になる記述を紹介しておきます。

・ミッションが、あげるべき成果を規定する
・非営利組織といえども、成果をあげるにはプランが必要である
・プランはミッションからスタートする

・ミッションを具体化するための成果を定義するにあたっては、二つの落とし穴がある。一つは大義だけを唱えることである。もう一つの落とし穴が、その逆であって、大義の追求を考えずに成果を求めることである。

これはつまり、大義と成果、両方とも満たさないものは成果とは呼びませんよ、ということを言っています。

続いて、前回の結論部分で語られた「非営利組織にとって、サービス受益者のみならず、寄付者もボランティアも顧客である」に対応して、非営利組織のひとつマネジメントがややこしいところが出てきます。引用してみましょう。

非営利組織は、顧客は誰かを考え、そのそれぞれについて成果は何であるかを考えなければならない。

『非営利組織の経営』P.121

非営利組織にとって最も難しい問題が、これらあらゆる種類の関係者から、長期の目標について合意を得ることである。長期の目標以外に、すべての関係者の関心を調和させる方法はない。

『非営利組織の経営』P.122

非営利組織には様々な関係者が関わっています。すべてそれを顧客と捉え、目標をすり合わせるには、ドラッカーは「自分たちが社会あるいは人にもたらそうとしている変化をまず明らかにし、ついで関係者全員の関心をそれに折り込んでい」くという方法を提唱しています。これはまさに、前の部でも語っていたミッションの中のコミットメントにあたる部分です。

しかし、気をつけなければならないこともあります。非営利組織は大義を掲げているがゆえに、やらないこと、を決めるのが難しいということです。しかし、何もかもをやろうとするにはリソースが足りなくなるのは当たり前のことです。ですから、ドラッカーは、成果を以て判断しなさい、ということを言っています。

非営利組織とは、人を変えるためのチェンジ・エージェントである。その成果は、人の変化、すなわち行動、環境、ビジョン、健康、希望、そして何よりも能力と可能性の変化となって現れる。

『非営利組織の経営』P.124

非営利組織にとっての成果とは、決して商品やサービスや売上ではなく、いかに社会に変化が現われたか、ということで測られるのです。

第2章 「してはならないこと」と「しなければならないこと」

この章はドラッカーのマネジメントの考えから、様々なことが語られます。根本的にドラッカーが非営利組織の特徴として前提としているのは、非営利組織には多数のボランティアが居て、彼らが命令権の外にいること、のようです。

非営利組織にはあまりに多くのボランティア、すなわち命令権の及ばない人たちがいる

『非営利組織の経営』P.130

そうした前提から、下記のようなテーマについて語られています。

非営利組織は、あらゆる政策、決定、行動において、「ミッションの実現にプラスになるか」を考えなければならない。すべてを成果からスタートし、インサイド・アウトではなくアウトサイド・インで考えなければならない。

『非営利組織の経営』P.126

意思決定には反対意見が不可欠である。もちろん争いは不要である。(中略)争いは個性の衝突とされることが多い。しかしそうであることは稀である。多くの場合、組織構造の改革の必要を現わしている。

『非営利組織の経営』P.127

重要なことは、組織構造を階層ではなく、情報とコミュニケーションを中心に組み立てることである。非営利組織では組織内の全員が情報に関わる責任を果たらなければならない。

『非営利組織の経営』P.128

貢献と理解という二つの責任を果たすには基準が必要である。しかもその基準は具体的でなければならない。

『非営利組織の経営』P.131

基準は高く、目標は野心的でなければならない。しかし達成可能でなければならない。

『非営利組織の経営』P.133

非営利組織は、人の配置にベストを尽くさなければならない。みながそれぞれの強みを発揮できるよう配置しなければならない。

『非営利組織の経営』P.133

第3章 成果をあげるための意思決定

この章は意思決定について書かれていますが、非営利組織に特有と思われる話が書かれているのは、意外に2か所しかありません。しかもそれは、意思決定そのものについての話ではありません。引用しましょう。

信頼が生まれるには、あらゆる反対意見が公にされ、真摯な不同意として受けとめられなければならない。このことは、全員が大義を奉じているがゆえに対立の生じやすい非営利組織において重要な意味をもつ。実は、意見の対立とは意見と意見の対立ではないのである。よき信念とよき信念との対立である。(中略)意見の対立はすべて公の場に出し、真剣に検討しなければならない。

『非営利組織の経営』PP.140-141

こちらは先の章でも記載があった、多彩なステークホルダーがいることとつながっていそうな話です。多様性があるからこそ、信念レベルでの対立が起こりやすく、それをきちんと明らかにして解消していかなければならない、ということを言っています。

非営利組織の最大の弱みは、自らの無謬性への確信が強いことにある。企業では間違いはいくらでもあることを知っている。ところが、非営利組織ではなぜか間違いが許されない。そのため、何かがうまくいかなくなると、検察官が登場してくる。「誰の責任か」と聞く。そうではなく「誰が撤回するか」「誰がいかに立て直すか」と聞かなければならない。

『非営利組織の経営』P.146

この話は意思決定の話の最後に出てきます。決定が間違っていた場合には撤回しなさい、というのですが、非営利組織ではそれがやりにくい、との指摘です。ただ、個人的には、どちらかというと官僚制組織の方がその傾向があるのではないかな、と思います。

第4章 学校の改革|アルバート・シャンカーとの対話

この章はタイトル通り、学校の改革についての対話です。病院や労働組合の話も出てきます。

第5章 成果が評価基準|まとめとしてのアクション・ポイント

この部のまとめです。ドラッカーは非営利組織の成果について語っています。

非営利組織はすべて人と社会を変えることを目的とする。しかるに成果こそ、非営利組織にとって最も扱いの難しい問題である。

『非営利組織の経営』P.155

成果は組織の内部ではなく外部にある。

『非営利組織の経営』P.157

もちろん、ミッションからスタートしなければならない。ミッションこそ重要である。組織として人として、何をもって憶えられたいか。(中略)ミッションを失った瞬間、われわれは迷い、資源を浪費する。ミッションが明らかでありさえすれば、目標を設定して進むこともできる。

『非営利組織の経営』P.157

非営利組織は成果を明らかにして初めて目標を設計することができる。そのとき初めて「なすべきことをなしているか。活動は正しいか。ニーズに応えているか」を判定することができる。何よりも「優れた人材に見合う成果をあげているか」を考えることができる。そうしてようやく、次に大切なこととして「われわれはいまも正しい分野にいるか。変えるべきではないか。いまやっていることは廃棄すべきではないか」を考えることができる。

『非営利組織の経営』PP.157-158

非営利組織は活動分野ごとに成果を定義しなければならない。主な活動分野を一つひとつ精査していく必要がある。

『非営利組織の経営』P.158

非営利組織に働くあらゆる者が何度も何度も繰り返すべき究極の問いは、「自分はいかなる成果について責任を持つべきか、この組織はいかなる成果について責任を持つべきか、自分とこの組織は何をもって憶えられたいか」である。

『非営利組織の経営』P.159

さて、ここまで読んできましたが、なんとなく、この部でドラッカーが伝えたかったことは何なんだろう、と思ってしまいます。冒頭にも述べましたが、インタビューもひとつだけですし、事例もそれほどたくさん紹介されているわけではありませんし、成功事例というよりは失敗事例も多く載っています。(実際、ドラッカー自身が失敗した、という事例もあいまいな感じで載っていますし、事例のうちいくつかはドラッカー自身が関わっている組織の話として書かれています。)

ですから、この部は「~すべき」ということが書かれているというよりは、「~してはいけない」というべからず集のようなもの、あるいは組織内部での対話の際に守るべきグランドルールのようなもの、と考えた方が理解しやすいかもしれません。

整理しますと、こうなるでしょうか。

非営利組織というのは顧客(関係者)が多く、指示命令権の及ばないボランティアも多いので、信念対立からくる意見の対立が起きやすい。正しいことをしているという意識が高いので意思決定したものを撤回することも難しい。なので、意思決定の根拠として「成果」を基準にすべき。非営利組織の目的は人と社会を変えることなので、その組織が起こそうとしている変化こそが「成果」となる。成果にコミットするということは、いつまでに誰が何をするのか、を意思決定することである。成果を達成することで、人も組織も成長する。

信念対立の超え方について、具体的にはドラッカーは何も書いていませんが、これで思い出すのが、制約条件の理論(Theory of Constraints)のクラウドというツールです。

『ゴールドラット博士の論理思考プロセス』より筆者作成

実は今回、ドラッカーが言っているようなことを、実際の組織でやろうとすると、とても難しいです。例えば、ある非営利組織で2つの事業、例えば既存事業と新規事業があったとして、どちらを優先すべきなのか、という対立があったとします。

ドラッカーの言葉に従うなら、事業毎に成果の設定が必要ですから、既存事業と新規事業では、異なる成果として設定されます。

同じ目的に向かっているはずなのに、成果の定義が違う。これは対立が解消されません。

こう置いてしまうと解消されないわけですね。

そこで、こう置いてみます。

こうなると話はどちらかの成果の話ではなく、どちらの成果がよりミッションに適合しているか、という話になります。もう少し引用してみましょう。

成果は一種類ではない。直ちに得られる成果もあれば長期的な成果もある。いかなる成果があるかを正確に把握することは難しい。しかしわれわれは、「事態はよくなっているか」「成果があるところに資源を投じているか」は問わなければならない。

『非営利組織の経営』PP.156-157

こうして見てくると、ドラッカーはどうも、静的な視点から、成果を明らかにしなくてはならない、と言っているのではないのではないか、という気がしてきます。

むしろ、これは常に問い続けなさい、と言っているようです。社会の状況も刻々と変化していきます。過去の社会問題も今では既に問題ではなくなり、もっと優先順位の高い問題が出てきているかもしれません。

この部で書かれてきたような内容を常に心に抱き、問い続けなさい。そんなことを言っているのではないか、と思いました。

ということで、第IV部に続きます。

現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。
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