山崎まどかさん(コラムニスト)登壇トークイベントレポート:「搾取の構造の中に未来への展望を重ねる革新性」
本作は忘れられない恋人の影を追い求める墓泥棒の数奇な愛の物語。彼が見つけ出すのはお宝か、愛かーー?
監督はフェリーニ、ヴィスコンティなどの豊かなイタリア映画史の遺伝子を確かに受け継ぎながら、革新的な作品を発表し続けているアリーチェ・ロルヴァケル。マーティン・スコセッシ、ポン・ジュノ、ソフィア・コッポラ、グレタ・ガーウィグ、アルフォンソ・キュアロンらがファンを公言したり、製作のバックアップに名乗りをあげるなど、世界中の映画人がその唯一無二の才能に惚れ込んでいる。
先日開催した、コラムニストの山崎まどかさんをゲストに迎えたトークイベントの様子をご紹介します。(聞き手:立田敦子さん[映画ジャーナリスト])
ロルヴァケル監督の寓話と現実が入り混じる世界観
ロルヴァケル監督作品は寓話的な世界観と現実が入り混じる作風が特徴的だ。新作『墓泥棒と失われた女神』について、山崎さんは「長編の前作『幸福なラザロ』では寓話的な表現にフォーカスしていたのに対して、本作は彼女の初期作品に見られるような、現実と幻想が行き来するマジック・リアリズムの表現がもうひと段階大きく広がった印象があります。彼女の作品は良い意味で緩いところがあって、”きっとこうなるに違いない”という予測がつかない。本作は彼女の世界観や作家性がより強くでてきた作品だと思いました」と語る。
舞台は80年代のイタリア・トスカーナ。その時代設定について「ロルヴァケル監督はこれまでの作品でも、資本主義によって瓦解していく世界をずっと描いてきました。80年代というのは、美術品が取引きされる市場がまだ完全にはシステム化されていなくて、劇中の墓泥棒たちのような素人が小銭稼ぎをできる時代でもありました。その後、そのシステムがどんどん組織化されていって、素人が入り込める隙がなくなっていったんだと思います。末端まで資本主義が入り込んでいく始まりで、劇中では墓泥棒たちがそこに参入できるかどうかの瀬戸際が描かれている」と解説。
『墓泥棒と失われた女神』にインスピレーションを与えた5作品
ロルヴァケル監督はこの映画の制作するうえでインスピレーションを受けた作品として、『イタリア旅行』(53/ロベルト・ロッセリーニ監督)、『フェリーニのローマ』(72/フェデリコ・フェリーニ監督)、『冬の旅』(85/アニエス・ヴァルダ監督)、『アッカトーネ』(61/ピエル・パオロ・パゾリーニ監督)、『サンド・バギー ドカンと3発』(75/マルチェロ・フォンダート監督)の5つの作品を挙げている。
「『サンド・バギー ドカンと3発』は70年代のアクションコメディで、地元のレーサーたちがその土地の乱開発からコミュニティを守ろうとする物語。地元でささやかな生活をしている人々や弱者に想いを馳せる映画をセレクトしているのがロルヴァケル監督らしいですね」と語る。
そしてロルヴァケル監督の作品を語るうえで外せないのは、フェリーニやパゾリーニ作品だ。
「よくその影響が語られるのは、彼女の作品はマジック・リアリズムとネオレアリズモが両立し、混ざり合っているところだと思うんです。フェリーニとパゾリーニもリアリズムから出発して、前者はより幻想的に、後者はより寓話的になっていく道筋がありますよね。彼女もそのような道筋を内包しているように思います」と語る。
“ローマの地下は掘れば遺跡”と言われるように、古代文明の中心地であったイタリア。これまでにも数多くの作家がそれを題材に作品を手掛けてきた。
「『フェリーニのローマ』はドキュメンタリー的なシーンと古代ローマの歴史が混ざり合うような幻想的なシーンが重なりあう映画。そして、『冬の旅』や『イタリア旅行』のタイトルを聞くと、やはりこれは“旅”と“放浪”の映画なんだなとも思います。本作の主人公アーサーは恋人の影を追ってイギリスからイタリアの片田舎まではるばるやってきますよね。『イタリア旅行』は、冷めきった夫婦がポンペイの遺跡発掘現場で抱き合ったまま死んだ男女の遺影を見て、最終的に愛を取り戻す映画。主人公が“愛を取り戻す”というのは本作にも共通していますね。そして、ロルヴァケル監督が撮る“町”はすさんでいるのにどこか美しい。『冬の旅』のすさんだ農村地帯を撮っているのにどこかゴージャスな撮り方というルックの部分で、アニエス・ヴァルダから影響を受けているかもしれませんね」と、各々の作品と本作の関係性について解説。
搾取の構図のなかに未来への展望を重ねる革新性
ロルヴァケル監督の作風について「プロレタリア的なものも感じるのですが、それを露骨にやらずにファンタジーのなかで描いています。劇中でアーサーが心を開いていく女性・イタリアを演じたカロル・ドゥアルテはブラジル人。イタリア語が流暢ではないのに”イタリア”という名の人物を演じているのも面白いし、彼女が“廃駅”を”誰のものでもないもの”として捉えているのが、ロルヴァケル監督独自の世界観であり、新しさでもあります。本作はあらゆるところに搾取の構造が見てとれる映画ですが、だからこそ搾取されないコミュニティを築いていく描写を取り入れるところがやっぱり面白い」と解説。
ただ、放浪者のアーサーがそのコミュニティに入ることはない。「彼の古代の墓に感応するという特殊能力からも、もしかしたら彼は古代の世界に戻っていこうとする人なのかも。そういった新しい未来への展望と古代的なものが重なるところが切ないなと思いました」と語る。
劇中でアーサーが女神像について「人の目を喜ばせるためのものではない」と語るシーンがある。
「終盤、彼は女神像を巡ってある行動をおこしますが、それによって、おそらく彼は“現代”との繋がりが消えたのではないでしょうか。墓泥棒の仲間たちのような現世利益の道から外れていく。その果てにあのラストシーンが待っているのかなと思います。『幸福なラザロ』も現代のシステムに押しつぶされてしまう人を描いていましたが、本作はそこにもうひとつ希望があるようにも感じました」と語る。
モチーフはギリシャ神話の切ないラブストーリー
アーサーと失踪した恋人・べニアミーナのラブストーリーは、ギリシャ神話「オルフェウスとエウリュディケ」がモチーフとなっている。
「オルフェウスは死後の世界に降りて、亡くなった妻を救出しようとするものの失敗してしまう。失われた魂をもう一度呼び戻すことはできないという切ない物語。このギリシャ神話は映画に愛されているイメージがあって、ジャン・コクトー監督の『オルフェ』や、最近だとセリーヌ・シアマ監督『燃ゆる女の肖像』とか。本作のアーサーも恋人のもとに辿り着きたいはずなのに、現世の方にどんどん引っ張られてしまう。そしてその先のラストシーンは、人によっては悲劇だろうし愛の成就と捉える人もいると思います」
多彩なアンサンブルのキャスティングと特異なジョシュ・オコナーの存在
主演は、新世代の英国若手俳優を代表するひとりとしていま間違いなく名前が挙がるジョシュ・オコナー。『ゴッズ・オウン・カントリー』やチャールズ皇太子に扮したドラマ「ザ・クラウン」シリーズで高く評価され、『チャレンジャーズ』ではゼンデイヤ演じる主人公らと三角関係になるテニスプレイヤーを演じ話題沸騰。撮影中の『ナイブズ・アウト3』ほか、数々の公開待機作が控えている。本作はそんな今をときめく俳優ジョシュがロルヴァケル監督作品への出演を熱望し、ロルヴァケル監督へ何度も手紙を送ったことが主演を務めるきっかけとなった。
ほかキャスティングについて「ロルヴァケル監督の映画はいつもキャスト陣のアンサンブルが良いですよね。個性豊かな墓泥棒やあのイザベラ・ロッセリーニ。カラフルでデコボコしているのに、妙な統一感があって面白い。でも本作はそこにジョシュ・オコナーという特異な存在が入ってくる。彼を媒介にしてロルヴァケル監督の世界観に入っていくという意味では、いろんな人に親しんでもらいやすい作品なのかなと思います」と語る。
開かれた”今のための寓話性”。新しい感覚のイタリア映画
最後に「本作はすごく独特な世界観で、いろんなことが混ざり合っていて面白い。ロルヴァケル監督はよくフェリーニやパゾリーニと比較されますが、その系譜を継ぎながらもシネフィルだけに目配せをするのではなく、開かれた”今のための寓話性”があると思う。新しい感覚のイタリア映画としてどんどん広まっていくと良いなと思います」と語り、トークイベントを締めくくった。
『墓泥棒と失われた女神』
7月19日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、
シネスイッチ銀座ほか絶賛上映中
監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル(『幸福なラザロ』『夏をゆく人々』)
出演:ジョシュ・オコナー、イザベラ・ロッセリーニ、アルバ・ロルヴァケル、カロル・ドゥアルテ、ヴィンチェンツォ・ネモラート
2023 年/イタリア・フランス・スイス/カラー/DCP/5.1ch/
アメリカンビスタ/131 分/原題: La Chimera
後援:イタリア文化会館 配給:ビターズ・エンド
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