ゴールを目指すなら「チーム」で。わたしがそう考える理由
新型コロナウイルス感染症の拡大は、多くの人の生き方や働き方を変えました。高山さんもその一人です。
大手旅行会社の法人営業担当から、ビットキーのインサイドセールスへ。売るものも、その手法もまったく異なる環境で、一つひとつ新しいスキルを身につけてきました。
「最初はなかなか受注が取れなくて。でもつらかったというより、試行錯誤だと思ってました」
そのタフさはどこからくるのでしょうか。
高山 明日香
旅行という「体験」の設計
高山:大学を卒業するまで、ずっと熊本に住んでいました。
海外に行きたくて、一所懸命英語を勉強して大学3年の時にオーストラリアのアデレードに1カ月留学しました。そうしたら、会う人会う人が日本に行きたがっていて。日本に行きたい人がこんなにいるの!と驚いたんです。外から見た『ニッポン』に気付いた経験です。
この経験もあって、海外から日本に来る人たちをサポートする仕事に就きたいと思うようになりました。いくつかの業種を受けて旅行会社を選び、入社後は法人営業の部署に配属されました。
高山さんが旅行会社に入社した2017年は、2020年に東京五輪の開催を控え、年間の訪日客が2000万人を超えるなど、伸び盛りの時期でした。
高山:東京五輪の開催まであと3年という時期で、旅行業界も勢いづいていました。勤務先が五輪のオフィシャルパートナーだったことも影響し、五輪関連のイベントや旅行の仕事がたくさんありました。
私が担当していた旅行商品は、お客様のご要望を聞きながら少しずつツアーの企画を作り上げていくんですね。目的に予算、好みなどをくみ取って、現地情報を調べあげ、行き先を提案する。それが決まれば、次はホテルや航空券、通訳者、バス、レストラン、観光先の予約を手配する。やることは山ほどあって、とにかく食らいついていました。
法人営業と言っても対象は様々です。美容商材の会社がお得意様をイギリスに招待する旅行や、食品加工会社で実績を上げた営業社員へのご褒美研修もお手伝いしました。
政府関係者の海外出張の手配や政府主催の会議の運営も担当しました。こういう仕事は、視察や研修、招待や交流という要素が入るので、「楽しむ」以前に「安心安全」が大前提になるんです。そのときの「体験」の良し悪しが、次の関係や展開を左右しますから。
当然、緊張の度合いも変わってきます。大事なことを決めたり、交渉したりという局面が滞りなく進むように、お客様から要望を細かく聞き取って、行き先の国の情報も加味しながら組み立てていくんですね。
お客様が帰路に着く最後まで気が抜けないし、大変なこともたくさんありましたけど、楽しかったです。出発当日、空港に百数十人の参加者が集まっている光景を見るのが一番好きでした。これだけの人たちが行く旅をわたしが用意したんだ!という実感が湧いてきて。
「時間も体力もあるのに」 混迷で決めた越境
2020年2月、新型コロナウイルス感染症の感染が急速に拡大し、法人関係の旅行関連の仕事は激減しました。
その年の春、高山さんは内閣府主催のスーパーシティ構想に関するイベントの企画を担当することに。この仕事がきっかけで、IoTやブロックチェーン、DXといった領域に関心を持つようになります。
高山:このイベントで、アジア圏の政府関係者や専門家が集まる国際会議やシンポジウム、それから企業や自治体の関係者が参加するフォーラムの企画も担当しました。
スーパーシティという分野に関わるのは初めてで、「わたしみたいな素人が担当していいのかな」と思いつつ、急いで勉強して追いつこうとしました。このときに、社会のデジタル化について詳しくなりましたね。例えば選挙に電子投票を導入している国の状況なんかも知るようになって、「すごいな、こんなふうに世の中が変わっていってるんだ」と驚きました。
高山さんは旅行業界を出る気持ちが固まり、2020年秋から転職活動を始め、年末までにビットキーの社員から声をかけてもらいます。
高山:仕事はとても楽しかったけれど、コロナ禍がいつ収束するのか、旅行自体がいつ回復するか、まったく見えない状態でした。時間も体力もあるのに、何もできない状態がすごくもったいないと感じて、ならばこのタイミングで知らない世界を見にいこうと転職活動を始めました。
スーパーシティ構想のイベントのお仕事で「IT関係の業種は強いなあ」と思うようになったのと、やっぱりそういう業界に挑戦するなら今だろう、と。
ほどなく、ビットキーのマネージャー(当時)から声をかけてもらいました。営業職であれば種類問わず挑戦しよう、と思って面接を受けることにしました。募集職種の内容や、部署間連携の話といった、仕事の具体的なお話を聞いた記憶があります。
ビットキーのWEBサイトを何回も見て「こういうお仕事ですよね?」と確認しながら理解するうち、この会社はスーパーシティの世界を実現しようとしているんだ、とイメージができました。
「できない」で終わらせたくない
高山さんは2021年2月にビットキーに入社し、インサイドセールス担当として働き始めます。前職と環境も扱う商品も、売り方も大きく変わり、イチから仕事を覚えていきました。
高山:インサイドセールスは電話やメール、チャットを通じて、問い合わせてきたお客様の課題をヒアリングしながら商談や契約締結に引き継ぐお仕事です。
前職ではお客様と対面でやりとりを重ねながら、少しずつ形にしていきましたが、ビットキーのインサイドセールスは『機敏さ』を大事にしています。お客様から問い合わせがきたら、すぐに連絡し返して、初回の商談で、お客様の課題の整理、受注まで、スピーディーにすすめていくんですね。
入社当時を振り返ると、営業として本格デビューする前のロールプレイングから苦戦しました。
覚えることがたくさんありましたし、そのアウトプットもうまくできなくて。どうすればうまくいくだろう、といろいろ試しました。商談でのお客様とのやり取りを録音して文字に起こし、話し方や進め方をブラッシュアップしたり。自分なりのセールスの型というか、こうすればうまくいくというコツをつかむまでは、受注もなかなか取れませんでした。
だからといって、あまり悲観的に考えない性格なんです。うまくいかない時期が続いたときも、これは試行錯誤のプロセスなんだと思ってました。
新しい場所に移れば今までとは違うことも多いし、当然ギャップやハレーションも起こります。でも、起きたことにこだわるより、周りからいいインプットをもらいながら、どうにかして目標に達したいんです。
「できない、ムリ」で終わらせずに、できないかもしれないけど、やりたいからやるんだ、と思ってます。意地ですね、もう(笑)。
「流れ」と「チーム」のなかの自分
目標達成への強い思いとタフなマインドが伝わってきます。
でも意外なことに、高校に入学したころの高山さんは、そういう性格ではなかったそうです。
高山:高校時代、和太鼓部にどっぷりつかってました。
全国大会の常連校で、入学式で和太鼓部の演奏を聞いて、「お腹にドーンと響く感じがカッコいい!」と飛び込んだんですけど、厳しい上下関係と朝昼夜と練習漬けの毎日でした。当時のわたしは面倒くさがり屋で、コツコツと努力を続けることが本当に苦手だったんです。自分から入部したくせに、毎日練習なんてやめてよとだらけて手を抜いていたこともありました。
そんなわたしを「ダメなものはダメ。一緒に頑張ろう」と叱ってくれたのが、和太鼓部の仲間たちです。チームの誰か一人でも進む方向や気持ちがずれていたら、目標の達成は難しい。それが分かっていたから、メンバーはわたしを引っ張り上げてくれたのだと思います。
仲間たちのおかげで、わたしもコツコツ続ければ結果が出ることを少しずつ学んで、3年生のとき悲願の全国1位を手にすることができました。
自分を育ててくれた太鼓部のような「チーム」の力を、働くようになってからも感じているそうです。
高山:仕事での気付きや何かを考えるきっかけは、全部チームからもらってる。ビットキーで働くようになって、そう感じるようになりました。
この会社は前職と比べて規模が小さい分、それぞれの業務にどんなメンバーが関わっているのか、どうやって世の中に価値を広めているのか、プロセスの流れや人の顔がよく見えるんですね。当然、わたし自身の置かれた立場や担う役割、他部署の人たちとのつながりも、流れとして見えてきます。
例えば、WEBサイトを見たお客様は、マーケティング担当が作ったメッセージの入り口から入ってきて、わたしとやり取りした後、契約を決める。使い始めたサービスを、お客様が使いこなせるまで、今度は導入支援担当が伴走する。
もし、わたしの説明がまずくてお客様に大事なことが伝わらなかったら、せっかく作ってくれたつながりが、そこで切れてしまう。無駄になんてできないなあ、と強く思います。
高山:自分事として関わってくれる同僚も多いです。質問すると同僚や上司はいつも仕事の手を止めて相談や報告を聞いてくれるし、遠く離れた宮崎や大阪拠点のメンバーも情報を共有してくれて、「なるほど!」と学ぶ機会がたくさんあります。カスタマーサクセスやマーケティング担当のみんなも、なにかと気にかけてくれます。
こうした日々のやり取りから、わたしは「チーム」のなかにいて、みんなと一生懸命走っているんだと実感しています。一人じゃ届かないようなゴールも、チームだったら頑張れる。
みんなでゴールできたらハッピーだなあって思うんです、わたし。