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かけら。

 父を見送り12年目の季節を過ごしている。
 
 低い気温と、曇り空を抱き覆う白い塊が、重そうで落ちてきそうなほどに近い。向かい側の横断歩道には、女子中学生らしきふたり。何やら、無邪気な表情を合わせながら楽しげにすれ違っていく。
 
 日常のたわいなさにも、また光と影。
 
 少し前に地に降り注いだ雨粒が、アスファルトを洗い濡らし、今日も変わらぬ匂いを漂わせる。過ぎた名残りの落葉と土とを含む芳潤さ、秋へつたう。未ぬ先にある森林を感じながら、ひとり静寂に包まれる。
 
 脳内スイッチが自動的に押されて、
 
 昔の私を手繰り寄せる。
 
 走り切った帰り道、茫然と足が動かなくなる。呼吸だけが響く。拳を握りしめ、汗ばんだ着衣が乾いていく。身体に張りついていく感覚を止められないままで。
 
 思い出したくなどない。

 目の前で信号機が、ぼやけ、点滅している。

 
 静まれ 静まれ 静まれ わたしは
 落ちて 落ちて 落ちて わたしは


 中学校に入学した頃、父と二人で百貨店に行き、サロンに通されて服を選んでいた。いつもならば自宅届なのだが、その日は「たまには外に出るのもいいだろう」と冷たい視線の継母を後目に、父が自分で運転すると言い出した。どういう風の吹きまわしだろう。

 青 黄 赤 信号機と、同じ心。

「両方とも選びなさい。後から、もう一つは手にはいらない。おまえは、どちらか一つなんて選べないのだから」

「両方とも欲しかったと言い出すに決まっている」

 父親が、年頃の愛娘の我儘に付き合っているような体に、お茶を運んできた店員が穏やかな笑みを浮かべる。

 わたしには、選択出来ない。

 ひとつめを亡くして、ふたつめを揃えたのは、自分じゃないか…。

 (あの女を家に連れて来たこと)


 トランクに商品を運び込み、後部座席に乗る。担当者が駐車場までついて来る。午前中の晴れ間が嘘のように引き上げて、エンジン音と走り出した車窓に、緊迫感から脱するような雨粒が落ちて来る。彩度を失ったはずの空模様なのに、風に煽られ流れていく水の行方は輝きを放つ。
 
 追いかける雨量が、音を重ねて跳ねる。
 視界が遮られた分、感情は烈しく熱を蓄えはじめる。

 晴 曇 雨 ああ、また光と影。


 違う 違う 違う わたしは 
 嫌い 嫌い 嫌い わたしは

 学校生活なんて容易い。「本当」に触れさえしなければ「無」で居られる。集団で突き抜けたければ、最大限に発言すればいい。ただ異論を挟ませないくらいの持続と、完全を追求しなければ摩耗する。それが嫌ならば黙るといい。

 思春期はコロコロ変わる。

 鋼の逞しさ、ガラスの繊細さ。

「ねえ、アナタならば簡単でしょう?」

「さすが学級委員ね!」

「何だかムカつく」

「優秀だから上から目線なんだ」

 ある時、故意な毒に巻き込まれる。くだらない。個を持ち合わせない未熟さと、気分に振り回されてる種が手にする行為。批判を口にするならば、その理由を的確に述べよ。簡潔に。

 我慢のボーダーラインを、超えたら発動。

 冷静の青 怒りの赤 また光と影。

 意識が戻ったら、目の前のクラスメイトが号泣している。

 黙れ 黙れ 黙れ わたしは
 同じ 同じ 同じ わたしは

 アパレルの展示会。この山を超えたら、また山は続く。努力は当たり前、表に出さず、奢りを持つな。右と左と両方で走る。バランスを調整するのも実力のうち。その通過点を過ぎれば、「運」も付加される。

 メディア取材。隙を見せたら負け。

「暮らしは衣食住という三点で成るといいますが、衣に携わっている立場から、貴方のプライベート"家族"というものは、どのようなものだと捉えていますか?」

(家族…なんだろう?)頭上に隕石。

 見事に穴に落ちた。

 会議室の窓に目を向けたら、外はグレーの世界で、どんよりと重い雨。分離させたら、

 白と黒 追いつかれて、また光と影。

「うーん…家族…なんでしょうね?共同体?たまたま繋がってるだけで本当に繋がっているのかは、わからない集団。あ、わたしが定義を教えてもらいたいくらいです」
 
 相手の視線が痛い。

 幻だよ 幻だよ 幻だよ わたしは
 忘れろ 忘れろ 忘れろ わたしは


 消えて 消えて 消えて なんて言ってない、
 わたしは わたしは、、、

 死んだ。最初から最後まで解らない。"細く長い人生より太く短い人生で充分だ"と言った通りに世を去った。

【皆同じ原子から出来ている】
ある物体を、顕微鏡で眺めながら、スパスパと切っていく。
切れるところまで、どこまでも。
もう人間にはムリだという先に、小さな小さな粒となる。
それが原子。物を作っている一番小さな粒。
(逆に、粒の集まりが物体となる)

人間も同じ。人間は、酸素と炭素と水素とその他で出来ている。
子供から大人へ成長する。なぜ成長するか?
原子が増えるからだと言う。
原子は自分では作れない。
なぜ原子は増えるのか?
食べ物を食べるから。
人間は本当に食べたもので出来ている。
原子は作れないけど壊れもしない。
人間はいつか死ぬ。そして燃やされる。
原子は燃えない。形は壊れない。
ただバラバラになる。さようならと身体を離れる。
原子となり空気中や地中に潜る。
それを植物が吸収して果実を実らせる。
またそれを人間が食べて、原子が身体に入り込む。
自分を今構成している原子は、過去に生きた人達からの恩恵を受け継いでいるわけだ。
土や空気や水を通して。
同じものが、グルグル循環している。
もう少し、広く考えると、
宇宙の星の中にある原子が降り注いだものから、
人間は出来ている。犬も猫も植物も石ころも、一緒。
生命は、だから「星のかけら」
孤独だと思っていても、見えない絆で結ばれていて、人間は孤独ではないようだ。

先日、耳にしたお話。

 知る 知る 知る わたしは
 未だ 未だ 未だ わたしは

 今がある。

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