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竹内まりや 『Miss M』 (1980)

好評につき、『Variety』のレヴューに次ぐ竹内まりや第二弾。
もしあなたがシティ・ポップを初めて知ったのなら、それはおそらく「竹内まりや」の影響によるものであり、特に彼女の1985年のヒット・シングル『プラスティック・ラブ』が、そのジャンルで最も象徴的な曲であろう。『プラスティック・ラブ』は多くの人に愛されているが、彼女の音楽カタログは、一般に知られているよりもはるかに多様であることがわかっている。竹内まりやの4枚目のスタジオアルバム『Miss M』は、その良い例である。
今回はそんな40周年記念リマスター盤もリプレスされた『Miss M』を深堀りしていく。


カルフォルニア・サイド

このアルバムの特徴的な点は、前半部分がカリフォルニア州ロサンゼルスでレコーディングされたことである。この録音は、TOTOやAirplayといった当時の絶頂期のバンドのミュージシャンたちと共に行われ、ウェストコーストAOR的なサウンドが生み出された。具体的には、アメリカ・カリフォルニア州グレンデールにある「Monterrey Sound Studios」で録音されており、このスタジオは1979年から1989年まで運営されていた。

このスタジオの所有者はプロデューサー、ジャック・ドハーティであり、彼はまりやの大きな音楽的影響の一つであるザ・カーペンターズの長年のプロデューサーであった。
楽曲のアレンジはデヴィット・フォスターとジェイ・グレイドンによって行われ、彼らはバンド『エアプレイ』としても知られ、セッションミュージシャンとしても参加している。「LA Side」にはTOTOのメンバー、ジェフ・ポーカロ(ドラムス)、スティーブ・ルカサー(ギター)、デヴィット・半ゲイト(ベース)などが参加している。一方で、B面となる「Tokyo Side」は、1980年6月ごろに日本で録音された。この日本側のセッションには、伝説的なギタリスト鈴木茂、ピアニストで作曲家の清水信之、そしてベーシストの高水健司などが参加している。

写真左からマーク・ジョーダン、デヴィッド・ハンゲイト、竹内まりや、デヴィッド・フォスター、ジェイ・グレインドン、スティーヴ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ

このアルバムには、バッキング・ヴォーカルとして有名な歌手も参加している。アメリカ代表としては、シカゴ出身のビル・チャンプリン、映画『ライオン・キング』のサークル・オブ・ライフを歌ったカーメン・トウィリーなどが挙げられる。日本代表としては、AOR歌手の安部恭弘&山下達郎、RCAの寵児EPO、そしてイエロー・マジック・オーケストラのメンバーである高橋幸宏の兄が結成したフォーク・デュオ、Buzzがいる。

トウキョウ・サイド

このアルバムは、アメリカ的でありながら、日本的でもある。
改めておさらいだが、竹内まりやは、インターネットで話題となった楽曲『プラスティック・ラブ』によってシティ・ポップの象徴的存在となった人物である。それに加え、彼女は「シティ・ポップの王」山下達郎の妻としても知られている。シティ・ポップ界の最も強力なカップルの一員として、『プラスティック・ラブ』以前の彼女の人生に関してやディスコグラフィーは、ほとんど無視されるか、言及されることが少ない。
達郎と結婚する前から、まりやは既に名の知れた歌手であり、アメリカのプロデューサーたちの関心を引くほどであった。前述したように、このアルバムは、ロサンゼルスで制作された「L.A. Side」と、東京で制作された「Tokyo Side」に分かれており、その両方がそれぞれアメリカ的であり日本的である。 まりやは英語で歌う必要はなかったが、彼女は少なくともアルバムの半分で英語の歌に挑戦している。これは彼女がアメリカに留学していた経験によるもので、彼女の英語の発音は見事であるだけでなく、感情や意味をしっかりと込めて歌い上げている。西洋で制作された曲は全体的に良い仕上がりだが、ややインスピレーションに欠ける部分もある。オープニングトラックの『Sweetest Music』は、西洋のミュージカルのナンバーのようであり、『Every Night』はキャバレーバーで流れそうな夜のファンク調の曲である。 アルバムの後半、「Tokyo Side」は主に日本で制作された楽曲で構成されている(ここにも完全に英語の楽曲が含まれている)。この面は、活気に満ちた『二人のバカンス』で始まり、西洋のシティ・ポップファンにも親しみやすいが、すぐに落ち着いた薄暗いレストランのような雰囲気に移り変わる。まりやがアルトの声域でなければ、この魅力を引き出すことは難しかっただろう。 このように、このアルバムはシティ・ポップの初期において、2つの国を橋渡しする興味深い背景を持っている。多くのシティ・ポップが1970年代や1980年代のアメリカの影響を直接受けている一方で、まりやは直接その源に飛び込んだのである。このアルバムがシティ・ポップの中で最高の作品とは言えないかもしれないが、その後の影響の大きさにおいて重要な意味を持っているのだ。

モーニング・グローリー

地味なジャケットということもあり見過ごされがちのようですが、過去4枚のまりや像とは決別し、本来の竹内まりやの立ち位置を確立した記念碑的なアルバムではないかと思っている。タイトルはその宣言だろう。
ただ、その結果、初期のまりや路線というか、お茶の間でも支持されるポップス歌謡(これはこれで素晴らしいものとなっている)を求めていた当時のファンの中心層には難しかったのも事実だ。
その葛藤のようなものはまりや自身も感じていたそうだが、個人的にはすべて音楽に映し出すシンガー・ソングライターならではのやり方で昇華させ、5thアルバムで素晴らしい形で結実させた結果に終わっている。

アルバム・ジャケットに映し出された「M」の刺しゅう入りセーターは、作家の橋本治が手掛けたものである。橋本は当時、趣味を超えたレベルのニット制作で知られており、図案の段階からすべて自身で手掛けるスタイルであった。アルバム制作時、竹内まりやのマネージャーが橋本と知り合いであった縁で、アルバム・ジャケット用にオリジナルのニットを制作してもらえないかというオファーをし、橋本はこれを快諾したという背景がある。

[A面]

(A1)『Sweetest Music』: デヴィッド・ラスリーが作詞、ピーター・アレンが作曲したロッキンなディスコナンバーである。デヴィッド・フォスターによる素晴らしいギターソロが特徴だ。ジェフの軽快なドラムと、ジェイ・グレイドンの弾けるギターソロが聴けるゴキゲンなドライブソングです。ソウルフルな迫力あるコーラスはビル・チャンプリン、トム・ケリー。

(A2)『Every Night』: ボビー・コールドウェル風のライトでメロウなブルーアイド・ソウルナンバー。山下達郎が作曲し、アラン・オデイが作詞を担当している。アダルトムードで、落ち着いたAORに仕上がっている。英詩、かつ典型的なフォスターAOR独特のホーンアレンジとリズムアレンジなので、海外のAORソングに聴こえる。達郎がアランと70年代後半ロサンゼルスで出会い意気投合したのを機に共同作業がはじまり、当時から英語詞の楽曲を自作してみたいと望んでいた山下のもとにオデイが何編かの歌詞を送ってくれたという。その中にこの曲の詞も含まれていた。そこに山下がメロディを付け、いつかレコーディングしようと考えていたところ、ちょうど竹内が新作アルバムをロサンゼルスで録音することになったため、この曲の提供が決まったという。

(A3)『Morning Glory』: 前の曲のムードを引き継いだ、恋人と一緒に目覚めるのにぴったりの曲である。作詞・作曲は山下達郎によるもので、彼自身も後にアルバム『For You』でカバーしている。シングル「Sweetest Music」のカップリング曲。ベーシック・トラックをロサンゼルスで録音。帰国後、東京で安部恭弘によるアレンジでコーラス入れが行われた。一部、山下のセルフカバーとメロディが微妙に違う個所があるが、これは山下の了解を得て、竹内が自らの希望で変えたという。2008年リリースのオールタイム・ベストアルバム『Expressions』に収録された。

(A4)『Secret Love』: マーク・ジョーダンが作詞した滑らかなディスコ風R&Bチューンであり、マイケル・マクドナルドのカタログに収まりそうな楽曲である。

(A5)『Heart To Heart』: ロジャー・ニコルズとの共作による「カーペンターズ」風のラブバラードである。皮肉にも、この曲は1983年に故カレン・カーペンターが英語の歌詞と「Now.」という新しいタイトルでカバーしたが、それが彼女の最後の楽曲となった。如何にもロジャーニコルスらしいメロディでこれも隠れた名曲。ギターソロはスティーヴ・ルカサーだろう。

[B面]

(B1)『二人のバカンス』: 高速道路を疾走するのに最適なAORチューンで、『Taking it To the Streets』に匹敵するほどのテンポの速いソフトロック曲である。竹内まりやが作詞し、ベテラン作曲家・林哲司が作曲を担当している。

(B2)『遠く離れて』: 今回は竹内まりや自身が作詞・作曲を担当したR&Bバラードで、戸塚修によるアレンジが光る。

(B3)『雨のドライヴ』: もう一つのドライビングソングだが、こちらは都会をゆっくりとクルーズするための曲である。素晴らしいピアノの演奏とまりやのしっとりとした歌声が、ジャズラウンジでの雨の夜の雰囲気を醸し出している。

(B4)『Farewell Call』: 最後の曲は、カレン・カーペンターへのオマージュのようなアレンジで送り出される。ベーシックなバラードでありながら、終盤に向かうギターソロが印象的である。

あとがき

最初に『Miss M』を聴いたとき、竹内まりやがこれほど多くの英語で歌っているとは思わず、驚いた。しかもその英語がとても上手であることにも驚かされた。シティ・ポップファンにとって、このアルバムを最初の竹内まりや作品として手に入れる価値は十分にある。特に、英語の曲が多いため、シティ・ポップのアーティストに合わせて歌いたいけれど、日本語を学ぶ時間がない人にとっては理想的な作品だ。 さらに、日本とアメリカのアレンジの融合により、純粋なウェストコーストサウンドを楽しみたい人にも、J-AORに見られる東西の融合を楽しむ人にも満足できる内容になっている。ジャンルにとって革新的な作品ではないかもしれないが、『Miss M』は日本とアメリカのポップセンスの絶妙なバランスを提供しており、ジャンルの中で最も象徴的で多作なプレイヤーたちの助けを借りて磨き上げられている。
もし、まりやがロサンゼルスで過ごした時期についてさらに知りたい場合、コンサートマネージャーで音楽店主の中島睦氏が、アルバムの録音過程を詳細に綴ったエッセイを執筆しているので、そちらを参考にすると良い。


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