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大貫妙子 『MIGNONNE』 (1978)

前々回の『SUNSHOWER』の評価が良かったので、大貫妙子第二弾。
大貫妙子は、70年代日本のシティ・ポップ、ニューミュージック・シーンの元祖の一人として知られている。
━━━しかし、一時は音楽業界から足を洗いかけた時期もあった。何が彼女を挫折させ、キャリアを断念させたのだろうか?
それは、1978年の3rdアルバム『MIGNONNE』の制作から始まった。
移籍以前は、「都会」や「誰のために」など現在の格差社会を予見したような社会性の強い作品だったが、本作は、日本女性の特徴とされていた控えめさ、奥ゆかしさをテーマにした内面性の強い作品。そんな彼女の3rdアルバムを今回は「どこよりも濃厚に」深掘りしていく。
長くなるが、ぜひ楽しんでもらえたら嬉しい。


アフター・ジ・サンシャワー

セーターで口と鼻を覆い、物憂げな目をした彼女のアルバム・ジャケットをベスト・リストで見たことがあるだろう。
それが本作『MIGNONNE』である。このアルバムは、シュガー・ベイブの解散後、妙子が音楽における本当の自分を学んでいる時期にリリースされた。前2作の後、彼女のディスコグラフィに何か新しいものをもたらそうと、いつものソフトロック・ベースの作品に日本のジャズと西洋のポップスをミックスしたものを取り入れた本当の初期の「シティ・ポップ」だ。
セカンド・アルバム『SUNSHOWER』のリリース後、大貫はクラウン・レコードからRVCに移籍し、小倉エージのプロデュースのもとで仕事をした。小倉はたまたま音楽評論家でもあり、大貫の過去の作品に対して非常に辛辣だった。そのため、小倉のアルバムに対する方向性と大貫のビジョンが衝突し、制作中に口論になることも多かった。デビューアルバムの『Gray Skies』、『SUNSHOWER』を比較的自由に作っていたのとは違い、プロデューサーとして参画した小倉エージに「君がいいと思っていても、より多くの人に受け入れてもらうためには、客観的な人の意見も聞く必要がある」と説得を受けながら制作したアルバムだ。売れるためにわかりやすく、と。

ありがたいことに、彼女はスタジオで親しい人たちに囲まれていた。 坂本龍一が瀬尾一三とともにアレンジャーとして復帰。ベースは細野晴臣、ギターは鈴木茂、坂本龍一が瀬尾一三とともにアレンジャーとして復帰。ベースは細野晴臣、ギターは鈴木茂、ドラムは林立夫。このアルバムには、サディスティックスのメンバー、高橋幸宏(ドラムス)と後藤次利(ベーシスト)も参加している。ジャズ・フュージョン・ギタリストの松原正樹と高中正義も参加している。ストリングス・アレンジはヴァイオリニストの小野忠昭と彼のアンサンブル。

1978年9月21日にリリースされた『MIGNONNE』は、大手RCA/RVCによる移籍一弾としての大々的なプロモーションにもかかわらず、商業的には大失敗に終わった。大貫はヒットするものと思っていたが、全然売れなかったと述懐している。移籍契約時に、「売れるものをお願いします」と言われ、妙子は「はい、頑張ります」と答えたという。「売れる」ことを考えなければならないというアルバムが『MIGNONNE』だった。ただし、期待に反してセールスは芳しくなかった。この失敗により、ファンを失望させたと感じた彼女は、音楽業界を去ることも考えた。RCAの売上重視の方向性は、妙子の創作の自由を奪ったのは言うまでも無い。彼女はそのプレッシャーに屈し、2年間音楽のレコーディングを休止した。スターダムに返り咲くまで長い空白の時間があったが、その間、彼女は他のアーティストのバック・シンガーやライターとして裏方で働いていた。

黎明

アルバム発売後のインタビューで妙子は、『MIGNONNE』の制作は彼女の人生の中で大変な瞬間だったと語っている。自分のサウンドを創造し、発展させたいという願望と、アルバムのあり方に関するレコード会社の意向を尊重する必要性とのバランスが、制作を遅らせたのだ。彼女の最も魅力的で創造的な作品のひとつであるにもかかわらず、このアルバムがリリースされるやいなや、日本の音楽チャートで大失敗したことを知れば、誰もがショックを受けるだろう。アルバム発売当時、RCAが大貫と確執を抱えていたため、このアルバムを宣伝することに無頓着だったのか、あるいは1980年代後半の日本の音楽シーンが刻々と変化していたためなのか、いずれにせよ、このアルバムの美しさと創造性が評価されることはなかった。

━━━シティ・ポップの黎明が起きるまでは。

2010年代半ばまでに、世界中の音楽がより多くの聴衆に提供されるようになり、以前は言葉の壁や小さな商業市場によって閉ざされていたジャンルが世界に開かれるようになった。K-POP、ラテン・ポップ、アフロビーツなどのジャンルは、ストリーミング・サービスやソーシャルメディアの誕生後、大きな成功を収めた。日本では2010年代までに引退したジャンルであるシティ・ポップも、欧米市場の利用可能性という成功を経験した遺伝子のひとつだ。1970年代や1980年代以降、活躍や全盛期を迎えていなかったアーティストたちが、数十年ぶりにチャートに登場したのだ。妙子もその一人だ。
商業的には最も売れなかったレコードのひとつだが、海を超えたリスナーは『MIGNONNE』を愛した。洋楽のノスタルジックなサウンドを思い起こさせるが、邦楽を好む人々もまた、文化的なサウンドの融合を高く評価した。
本作は発売から40年以上経ってやっと正当な評価を得ることができたのだ。

ロマンス映画のモンタージュ

シティ・ポップは、時代、文化、ジャンルが交差するユニークな場所に存在していた。戦後の日本経済は70年代から80年代にかけて活況を呈し、日本文化の圧倒的なムードは、戦争や占領下の暗い時代とは対照的な、とてつもない希望と楽観主義(オプティミズム)だった。シティ・ポップ、特に大貫妙子というアーティストは、マイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックといったジャズ・フュージョンから影響を受けたジョニ・ミッチェルやスティーリー・ダンといったアメリカン・ポップ・アーティストの影響を強く受けている。つまり、このジャンル(ひいてはこのアルバム)は、その時代の産物であると同時に、アメリカの安っぽいノック・オフ(模倣品)ではなく、日本独自のものなのだ。 だからこそ、このアルバムは典型的なシティ・ポップ・アルバムには聴こえない。アルバムそのものが70年代の作品なのに、60年代のポップスに影響を受けているように聴こえる部分もあるし、このアルバムの後に登場した渋谷系のような印象さえ受ける部分もある。

「『ミニヨン』でいちばんのテーマとしたのは、アメリカ産のポップス寄りのアルバムをつくるのではなく、基本的にはシンガー=ソング・ライターとして普遍的な日本のポップスとしての曲、それを表現するシンガーとしての大貫妙子を誕生させることでした」

『MIGNONNE』2006年のリイシュー盤のライナーノーツより

シティ・ポップが常に賞賛されなければならないのは、それが見た目以上のものであるということだ。最初のリスナーには、もっと基本的なもの、日本発のフィーリング・グッド・ヨット・ロック(ボビー・コールドウェルの『What You Won't Do For Love』を思い浮かべてほしい)と勘違いされるかもしれない。しかし、この音楽の多くにはメランコリーなエッジがあり、それが本当の感情的な深みを与えている。バラードが嫌いな人もいるだろうし、そういう人は本作を好きになれないだろうが、とにかく聴いてみてほしい。なんてったって、アルバム名はフランス語で "かわいい "を意味し、これから聴くものを完璧に表現しているのだから。

このアルバムの目玉は、ジャズ・シンガーを彷彿とさせる妙子の歌声であることは明らかだ。(A1)『じゃじゃ馬娘』、(A3)『黄昏』のような曲では、彼女の歌声はとてもソフトで哀愁を帯びていて、まるで1978年の日本のスモーキーなラウンジで、最前列の席で彼女のバンドをバックに歌っているかのようだ。しかし、このアルバムがバラードだけのアルバムだと勘違いしてはいけない。午前4時を過ぎてもアップビートな曲がたくさんあり、特に(A4)『 空をとべたら』には1分ほどでキラー・フルート・ソロがある(2分26秒あたりにも)
この時代は、私たちが文化的に非常に親密になった時代であり、音楽が自分の中で何か心に響くリアルな感情を動かすのに、言葉を話す必要はないという事実を物語っている。私たちは皆、報われない恋や、誰かと望んでいた未来が目の前で消えてしまう失恋の気持ちを知っている。その痛みは現実のものであり、妙子の音楽にはその痛みがたくさん込められている。
曲は、私たちが期待する通りに展開するように構成されており、退屈に感じたり、派生的に感じたりするのではなく、深い満足感を与えてくれる。(A2)『横顔』とリード・シングル(B2)『4:00A.M.』は、これを見事に実現している。前者は、美術館デートや公園で手をつないだり、ビーチでピクニックをしたりする暖かい春の日に聴くような、明るく幸せなサンシャイン・ポップで、ロマンス映画のモンタージュのようだ。

海と少年

アルバムのベストトラックはリードシングルだと言っているレビューは絶対に読みたくないが、真実なのでここに書くしかない。スモーキーなフルートのイントロからコーラスの「load,give me one more chance」まで、そして濃い霧を切り抜けるかのようにすべてを切り抜ける妙子の声との完璧なコントラストまで、「4:00A.M.」には悪いところがない。そして、(B3)「突然の贈りもの」への移行は、このアルバムのアンセムの抗いがたい力強さから、0:28あたりでこの素晴らしく予想外のコードチェンジがあるスローで悲しいバラードまで、まさに神々しいブレンドで、この曲の間の空間は聞く価値のあるものになっている。
[A面]
(A1)じゃじゃ馬娘 :
リズムとグルーヴィーなギターが印象的なオープニング・ダンス・トラックは、人の感情をもてあそび、年上の男を追いかけ、自分の手を汚すのが好きな、妥協のない女性を描いている。
イントロからかなりソウルフルなサウンド。ストリングスなんかもソウルからの影響を感じさせる。若々しいボーカルが語る楽しい物語、スムーズなギターリフ、ゆったりとしたウエスタンソウルベースの制作作業、そして曲の後半を引き立てる上品で軽いサックスソロは文句なしだ。
(A2)横顔 :早朝の暖かな雰囲気が漂う、ごく普通のソフィスティ・ポップ。ジャジーなピアノとシンプルでスムースなベースラインが印象的。シュガーベイブ時代からの妙子流ポップスの典型例だ。
ギターは鈴木茂と杉本喜代志。杉本はのちにマーカス・ミラーとも共演するような著名なジャズギタリスト。
(A3)黄昏 :秋の夜長、過去の恋を嘆く女性の心安らぐバラード。美しいピアノとジャジーなトランペットのソロが特徴。シンプルなパーカッションとシンフォニーのようなプロダクションが組み合わさっている。
反省と、人生の過去の素晴らしさにこだわる悲しみをテーマにしたこのアルバムは、予想外の感情的な展開を迎える。サックスソロで再び長くなり、オーケストラ楽器の強調は、言語を理解していない人には分からない雰囲気と音色を醸し出す。
(A4)空をとべたら :かごの中の鳥を自由にするという軽快なボサノヴァ。きれいなフルートと、情熱的なベース、そして弦楽器が心地よい。スパニッシュ・ギターのソロもある。イントロの印相的なカッティングギターは鈴木茂、自由に動いているベースは後藤次利、アコギは吉川忠英。今日のような爽やかな朝にピッタリなAOR調の楽曲。間奏のフルート、アコギソロも心地いい。
(A5)風のオルガン :イージーリスニングのソフトロックバラード。ストリングスとキーボードのソロが心地よい。日本と西洋のバラード楽器のいい組み合わせで、最後の詩の前にはシンプルな木管楽器のブレイクが加わっている。美しく静かな自然の中を散歩するというシンプルなストーリーで、この曲がリリースされて以来、数多くのサウンドトラックに使用されている理由は明らかだ。
[B面]
(B1)言いだせなくて :
高揚感溢れるシンセサイザーのイントロ、素晴らしいストリングス・アレンジ、そして素晴らしいサックス・ソロが印象的な、アルバム初の真のディスコ・トラック。海外からのシティ・ミュージック(ヨット・ロック)としての再評価という観点から云うと、この曲が一番その評価に相応しい楽曲かもしれない。ギターに松原正樹、ベースは細野晴臣、ドラムは村上秀一、アレンジ&キーボードは坂本龍一という超豪華布陣。やっぱりソウルからの影響も垣間見られるアレンジが、この曲に合っている。
(B2)4:00A.M. :このアルバムで最もダイナミックなトラックで、真夜中に目覚めた女性が、もう一度愛のチャンスを神に祈るという内容。非常にサスペンスフルートな演奏から始まり、非常にジャジーなダンストラックへと続く。ファンキーなベース、タイトなブラス・セクション、そして魂を震わせるゴスペル・クワイア。こちらもシティ・ミュージック的なアプローチが光っている。ジェイク・H・コンセプションの吹くフルートとか、坂本龍一が奏でるシンセソロとか、聴き所も多くある。あと、モソモソと動く細野晴臣のベースが非常にいいスパイスになっている。
(B3)突然の贈りもの :タイトルの通り、別れた恋人が突然花束を残して帰ってくるという心温まるバラード。ギターは松木恒秀。ベースは細野晴臣、ドラムは渡嘉敷祐一、アレンジ&キーボードは坂本龍一。3分30秒過ぎからのジャージーな松木のギターソロが素晴らしい。竹内まりやや大村憲司のカバーもいいが、やはり妙子の透明感のあるヴォーカルが一番だろう。
エレキギターとバイオリンのメロディーが前面に出て、繊細なピアノとドラムの演奏が楽器を引き立てている。バラード調で歌われる妙子のボーカルは若々しく神秘的で、ブルースベースの楽器とよく調和している。
(B4)海と少年 :ハープで始まり、ファンキーなダンスナンバーへと続くアップビートな曲。特徴的なコーラスはシンガーズ・スリー(伊集加代子、和田夏代子、鈴木宏子)。跳ねるようなリズム隊は細野&高橋ユキヒロ、そしてもちろんキーボートは坂本龍一のYMO組。ユキヒロのタイトでグルーヴィーなドラムが心地いい。ギターは松原正樹&鈴木茂。このナンバーはリラックスしながらもエネルギッシュな方法で表現されている。ファンクとダンスにインスパイアされた楽器を取り入れ、大貫によるエレクトロニックプロダクションワークがこのシングルで完全に披露されている。シンプルなループコーラスとキャッチーなボーカルが加わり、この曲が多くのコンピレーションアルバムに収録されているのも不思議ではない。
(B5)あこがれ :美しいブルージーなソフト・ロック・バラードで、ハーモニーを奏でる聖歌隊の歌声と、終盤の壮大なギター・ソロを伴ったオーケストレーションへと膨らんでいく。ワルツ調のバラードで、どことなくユーミンっぽいメロディー。高中正義の弾く情熱的なギターソロは圧巻である。
高中はこの1曲だけに参加しているが、それだけに熱いギターを聞かせてくれる。最後まで鳴っている魂のギターソロが私たちの心を包み込む。

神よ、もう一度チャンスを

私はこのアルバムを全体的に楽しんでいるが、大貫妙子がこのアルバムに満足できなかった理由は理解できる。前作に比べ、実験的な要素が少なく、無難な印象は否めないからだ。ただ、全体的に構成はとても良い。間違いなくこのアルバムはシティ・ポップの名盤と呼べる。『黄昏』や『海と少年』のように、彼女の前作と違和感のない曲もある。
ファンキーでキャッチーな曲もあるが、妙子のコンフォート・ゾーンからは少し外れているように思える。これは、吉田美奈子や大橋純子のディスコグラフィーで聴けるような気がしなくもない。『4:00A.M.』も素晴らしいディスコ・トラックで、高揚感のあるメロディが大槻のスタイルに合っている。イントロのサスペンスフルートに魅了され、"Lord give me one more chance!"と唱えるゴスペル風の聖歌隊に夢中になったのを覚えている。 あまり理想的とは言えない状況で作られたにもかかわらず、『MIGNONNE』は全体的に聴き心地の良いアルバムだ。私はディスコ/ファンク・ファンなので、個人的にはこのアルバムに惹かれるが、サンシャワーがベストと言われる理由も理解できる。『SUNSHOWER』の内省的でプログレッシブなジャズ・フュージョンから、より流線型のディスコやソフト・ポップの『MIGNONNE』へと色調が変化しているのは間違いない。とはいえ、才能豊かな作曲家である大貫は、当初彼女が望んだものではなかったかもしれないとはいえ、この変化をうまく処理していると思う。大貫妙子の既存のファンは、ジャズのルーツを多く残しているこのアルバムを楽しめると思う。新規のファン、Youtubeで『4:00A.M.』を見つけた人は、よく洗練された70年代後半のソフィスティ・ポップを楽しみ、シティ・ポップのバイラル・センセーションの原点を体験できるだろう。

あとがき

総評として、スムーズ。まさにこの言葉がぴったりだ。プロダクションは70年代中期後半のジャズソウルの豊潤さで、必須のストリングスも完備。年代を考えると音質も素晴らしい(どうやら使われたスタジオはかなり高級だったようだ)。妙子の声の純粋さは魅惑的で、青葉市子(フォーク・ギターアーティスト)の衝撃を受けたことがある人にとってはなおさらだろう。
私の心の批評家がすぐに黙ったとき、それは何かを物語っている。
シティ・ポップや80年代の音楽に幼少期から囲まれている私がこのアルバムに興味を持ったのは当然だった。しかし、同時に、私はこのアルバムを避けていた。その理由は、私が好んでいた評論家たちが、このアルバムを「SUNSHOWER」や「romantique」よりも大幅に低く評価していたからだ。(「方向性を見出せていない。歌詞や曲を何度もリテイクしても、成果が見えない。自信を失っているのも無理はない」と彼らは評価した)
「大貫自身は、1978年のリリース後、長い間このアルバムを嫌っていた」。
私はそれを聞いていたから、なおさらだった。
しかし、プロデューサーの「普遍的な日本のポップスを創る」という意図を読み、アルバムを最後まで聴くと、先入観はおろか、ハードだからカッコいいという音楽性さえもどうでもよくなる。彼女が精神的に苦しんでいる中で作られた曲たちだが、その印象は鮮明だ。切なくて優しく、時にお茶目で明るい。時代を超えた普遍性とはこういうことなのかもしれない。
それは「SUNSHOWER」や「romantique」と簡単に比較できない。

じゃあ、本作をどう評価すべきか?
多くの人は、このアルバムは直前のアルバム「SUNSHOWER」の高みには達していないと言うだろうし、このアルバムは、最後のリード・シングルのクライマックス以降、勢いをかなり失っているという人もいる。
しかし、これらは本当の「傑作」であり、スポットライトを浴びる価値がある。私たちが住む世界が変化し続けるように、音楽も変化していく。
大貫妙子の作品のように美しく、稀有なものが生まれるように。



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