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Pao 『YOU』 (1980)

音楽史というものは非常に奇妙な存在である。インターネットのおかげで、さまざまなメディア形式のデジタル保存が可能になり、今の世代は、それがなければ永遠に忘れ去られてしまったであろう無数のプロジェクトにアクセスできるようになった。それと同時に、インターネットフォーラムやアーカイブ、バンドやアーティストの歴史を記録する情熱を持ったブログやウェブサイトの台頭により、あらゆるテーマに関する情報へのアクセスが驚くほど容易になった。ただし、言語の壁という制約が存在することが多い(それでも粗削りなツールがその問題を緩和している場合もある)。メディア作品とそれにまつわる文脈や背景は、情報量や品質がどれほど豊富であれ限定的であれ、オンラインで見つけることができる。そのため、興味を持つ人々にとって、それらの世界に飛び込み、深く学ぶことを歓迎する扉が常に開かれている状態にあるということだ。

しかし、これらの二つの要素(作品そのものとその背景情報)が必ずしも一致して存在するとは限らない。時には、あるメディア作品に関する情報(インタビュー、ブログ記事、公式ページ、インターネットデータベース、さらにはフォーラムのコメントなど)が存在していても、肝心のプロジェクト自体にはアクセスできない場合がある。このような場合、その作品がどこかに存在していることは確かだが、それが物理的であれデジタル形式であれ、誰かが所有しているだけで、世界に共有されていない。そのため、それは「失われたメディア」という奇妙な世界に足を踏み入れることになる。この世界では、その作品に関する証拠は存在するが、何が本物で何がそうでないかについての確信が常に揺らいでいる。

逆に、プロジェクト自体にはアクセスできても、その背景情報が謎に包まれている場合もある。この場合、情報が非常に限られていたり、まったく存在しなかったりすることがある。そして、それが日本のポップトリオ「Pao」に関する現状である。今回はあの幻のブルームーン、間宮貴子が在籍していたPao(パオ)の3代目のクラリオンガール、サビーネ金子氏を含む、男女混声の3人組、Paoの1980年の唯一のアルバムをご紹介する。

謎に包まれたトリオ

日本のポップトリオ「Pao」について語るとき、その歴史には謎が多い。バンド自体の詳細な情報は少なく、同様にメンバー個々についても多くは知られていない。1978年に結成されたとされるこのトリオは、ファッションモデル兼歌手のサビーネ金子、作曲家・アニメーター・マネージャーである三浦義和(同姓のサッカー選手しか情報ではヒットせず、さらなるリサーチと高所が必要な情報)、そして「シティ・ポップ最大の謎」として知られる間宮貴子の3人から成り立っていた。この間宮の存在こそが、Paoに関心を寄せる理由の一つであり、彼女が直接関わった唯一のプロジェクトである点が特に注目されている。ちなみに、間宮についての記事は以下から読めるので、詳細に知りたいひとは参照してほしい。
https://note.com/birthplace_21/n/n7102c9fa65a7

しかし、間宮貴子のPaoでの活動期間は非常に短く、数か月間にとどまった。その短い期間の唯一の遺産として、1978年にリリースされたシングル「Say Yes」がある。この楽曲はトロピカルポップ調のシンプルながら効果的な楽曲で、間宮の声が際立っている。しかし、彼女のバンド離脱の理由や、その後4年間の音楽活動の空白期間については、他の間宮にまつわる事柄と同様に謎に包まれている。

間宮の離脱後、Paoは新メンバーとして女性歌手の宮崎文子を迎え入れ、さらに数枚のシングルをリリースした後、唯一のスタジオアルバム制作に向けて動き出した。1979年、バンドは映画『リトル・ロマンス』(1979年公開)の主題歌「A Sunset Kiss」を日本語で録音し、次のステップへ進む準備を整えた。これを機にPaoは「Invitation」というレーベルと契約し、このレーベルで唯一のアルバム『You』(通称「Vol. 1」)をリリースした。

しかし、バンドやアルバムの成功についての具体的な記録はなく、レビューやインタビュー、ライブパフォーマンスの有無、さらには日本のメディアでのプロモーション活動についても情報がない。Paoはアルバムのリリース後、スタジオでのプロジェクトや活動を停止し、事実上その後の活動についての記録は残されていない。

興味深いことに、このアルバムの制作には20人以上のミュージシャンが参加しており、その中には当時のスタジオシーンで活躍していた著名な音楽家の名前も含まれている。例えば、アレンジャーとして参加した中村哲(当時、秋山一将やギター・ワークショップ・アンサンブルでの活動を経て、坂本龍一や中森明菜、大貫妙子、山下達郎らとの共演を重ねていた)や、鈴木茂(はっぴいえんどやティン・パン・アレーのメンバーとして知られ、細野晴臣、矢野顕子、山下達郎、大貫妙子らのレコーディングにも多数参加していた)が挙げられる。

このような豪華なラインナップが揃った背景についても明確な説明はなく、レーベル「Invitation」自体も当時は大きな名前ではなかったことを考えると、なぜこうした才能あるミュージシャンたちが参加したのかは謎である。ただし、アレンジや演奏がアルバムの大きな強みとなっており、そのシンプルさが楽曲の雰囲気や歌詞のテーマに見事に調和している点は評価できる。このアルバムに参加したミュージシャンの具体的な役割については、推測はできても確定することは難しい。Paoというバンドの物語は、こうした不明瞭さと確証のない情報によって成り立っている。

シティ・ポップ黄金期にて

アルバム『You』の制作に参加したミュージシャンたちは、当時の日本音楽シーンの象徴的な人物から、ほとんど知られていない人物まで多岐にわたる興味深い顔ぶれである。その中でも、松原みきやショーグンでの活動で知られるベーシストの長岡道夫や、同じくドラマーの山木秀夫(こちらも松原みき、ショーグン、そしてマライアでの活動歴がある)は注目に値する存在である。また、元シュガーベイブで、大滝詠一、大貫妙子、山下達郎らのプロジェクトに数多くゲスト参加してきた上原裕も名を連ねており、彼は間宮貴子のミステリアスなアルバム『Love Trip』のクレジットにもその名を残している。

ギタリストとしては、矢野顕子や大貫妙子、山下達郎、坂本龍一らの作品に数多く携わり、実力派として知られる大村憲司がゲスト参加しており、彼のプロリフィックなディスコグラフィーも多くの人に注目されている。また、松原正樹(『Moonglow』や『Mignonne』のセッションで活躍し、一時的に活動したバンド「Parachute」の一員としても知られる)や、キーボードの難波弘之(山下達郎の80年代のライブ・スタジオラインナップに名を連ねた)などの名もある。さらに、久米大作(当時の活動は少なかったものの、『Flipper's Guitar』や小山田圭吾のソロ作品でその名を広めた)といった少し異色の名前も確認できる。

これに加えて、パーカッショニストの斉藤信、ペッカー、菅原俊治や、マライアの清水靖晃、向井滋春といった、その時代において一定の知名度を持つミュージシャンも含まれている。一方で、鈴木文久、ジョー・ストリングス(加藤タカシ)、瀬野隆一郎、マーティン・ウィルウェーバーといった名前は非常に限られた情報しか存在せず、Pao本体の謎と同様に興味深い存在である。

『You』は、多くのアーティストが参加したことで、ダイナミックでバラエティ豊かな音楽体験を提供している。異なる演奏スタイルや音色が、アルバム全体を通じて一定のトーンと雰囲気で統一されている点が特徴である。また、メインアレンジャー間のコントラストが楽曲の多様性を引き立てており、トラックリストの構成がバランスと連続性を保ちながら、聴き手を引き込む。

ボーカル面では、金子、三浦、宮崎のケミストリーが非常に心地よく、特に女性ボーカリストがアルバムの中心的な存在として輝いている。一方、三浦のコラボレーションは、アルバムの主要な流れに対して動的な休憩のような役割を果たしており、アルバム全体に心地よいリズム感をもたらしている。愛をテーマにした楽曲が中心で、穏やかで明るいスピリットがアルバム全体を包み込むが、時折感情的でメロウな瞬間も挟まれている。

冒頭2曲は、アルバムのダイナミクスを的確に示している。「Only Gloom」は、鈴木のアレンジに特徴的なトロピカルで穏やかな雰囲気を持ち、1978年の『Pacific』での彼のコラボレーションを彷彿とさせる。アコースティックギターがムードを整え、トランペットやストリングスがドラム、エネルギッシュなエレクトリックギター、繊細なベースと融合してキャッチーなメロディを生み出している。一方、「Morning Rain」は、アルバムの暗い部分に光を当てる楽曲で、瀬野隆一郎のハーモニカが際立ち、ピアノとともに楽器が徐々に組み込まれていく中、感情豊かに歌声が響く。

その後の楽曲も、それぞれのアレンジやリソースの使い方がユニークであり、特に「Gin Lime」「Old Timer」「262 Affair」のような楽曲は、アルバムにおける一風変わった休息のような役割を果たしている。「262 Affair」は、オープナーの要素を再利用しつつ異なる文脈で用いることで、全体のまとまりと「円環」を感じさせる構成となっている。

ユーフォリア(多幸感)

このように、アルバム『You』はその完成度やパフォーマンス面で完璧とは言えないものの、当時の音楽シーンにおいて非常に魅力的で独自のポジションを持つ作品であると言える。
『You』は、トラックリスト全体のバランス感覚によって、繰り返しがちな構成でありながらも各曲が新鮮さを保ち、対照的な要素が心地よく響く作品である。これは特に、多彩な演奏がもたらすバリエーションの恩恵を受けている。改善の余地がある楽曲も存在するが(たとえば「Morning Rain」や「Silence」は、穏やかな要素を追求した意欲作ながらも、さらに洗練できた可能性を秘めている)、一方でアルバム全体の中でやや場違いに感じられる曲も見受けられる(例として「Gin Lime」や「Old Timer」)。それでも、このアルバムの真骨頂は、幸福感や愛をテーマにした明るい楽曲にある。

シングル曲「Love Is Serious Business」は、アルバムの魅力を的確に表現した一曲であり、キーボード、ストリングスのアレンジ、穏やかなドラム、グルーヴィーなギターが融合している。他にも「We'll Celebrate Tonight」は、明るい要素と穏やかなトーンが巧みに融合され、二人のボーカリストが完璧に補完し合うことで、引き込まれるようなパーカッションが際立っている。そして「Loving You」は、このアルバムの大きなハイライトであり、エネルギッシュなイントロから始まり、時間をかけて展開していき、ボーカルと楽器が絶頂に達するクライマックスを迎える。その後、ストリングスの滑らかな繋がりによって「Silence」へと移行する構成は見事である。

このアルバムは、完全無欠な作品ではなく、むしろその到達を目指していないように感じられる。奇妙でありながらも魅力的な、ミュージシャンたちの予想外のラインアップが生み出した一種の実験的なアルバムであり、多様でダイナミックな魅力が詰まっている。提案されている要素の多くが完全には成功していないかもしれないが、繰り返し聴くごとにリスナーの耳と心に響いてくるのが本作の特徴である。一部の楽曲は効果的ではないが、他の楽曲が提供する魅力は、グループの潜在能力を強く示している。小さな情熱や感情、そして愛の弾丸のような楽曲が、キャッチーなメロディと喜びに満ちたパフォーマンスを通じて、聴く者の心を射抜く。

ボーカリストたちはそれぞれに個性を持ち、甘美で愛らしいケミストリーを示している。その魅力的な歌声は、バラエティ豊かな楽器編成によって引き立てられ、アルバム全体を通じて新鮮な展開をもたらしている。日本のポップシーンの頂点とは言えないまでも、愛らしく魅力的な体験を提供するこの作品は、さらなる続編が制作された場合にどれほどの可能性を秘めていたかを想像させるものとなっている。

去っていく影に

貴子がグループを去った後も、Paoはその壁を乗り越えた形跡がある。しかし、それ以降のバンドの動向はほとんど知られておらず、特に3人の主要ボーカリストに関する情報はほぼ皆無である。宮崎に関する情報はほとんどなく、金子サビーヌはモデルとしてのキャリアを続けた様子であり、検索すれば当時の撮影写真を見ることができる。一方、三浦はアニメーターやミュージシャンとして多様なキャリアを歩み、小野千賀子との1983年のコラボレーションなど、音楽業界に残った証拠がいくつか存在する。

アルバム『You』がチャートや聴衆に成功を収めたのかは不明であり(2015年の意外な再発がこの謎をさらに深めている)、Paoがこの作品をプロモーションするためにステージに立ったかどうかもわかっていない。しかし、続編が制作された場合にどのような結果をもたらしたか、想像することは興味深い。そして何より、インターネットを通じてこの作品が保存されたことで、静けさと喜びに満ちた音楽風景を楽しむ機会が与えられたことに感謝したい。

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