松下誠 『FIRST LIGHT』 (1981)
シティ・ポップ、特に日本のAORミュージックは、モータウン・サウンド、フィル・スペクターの影響を受けたチェンバー・ポップ、そしてザ・ライトゥス・ブラザーズ、キャロル・キング、カーペンターズといったシンガー・ソングライターのアダルト・コンテンポラリー・ミュージックなど、60年代ポップを構成するさまざまなジャンルからインスピレーションを得ている。しかし、私が耳にする最も顕著な影響は、有名なジャズ・ロック・フュージョン・バンド、スティーリー・ダンである。ウォルター・ベッカー(ギター、ベース、バッキング・ヴォーカル)とドナルド・フェイガン(キーボード、リード・ヴォーカル)のデュオからなるスティーリー・ダンは、洗練されたスタジオ・プロダクションと不可解で皮肉たっぷりの歌詞で、ロック、ジャズ、ラテン音楽、R&B、ブルースの要素を融合させたことで有名だった。彼らの音楽に見られるようなプロダクションのスタイルを捉えようとするアーティストやバンドは日本にもたくさんいたが、同じクオリティに最も近づいたミュージシャンは、1981年のソロ・デビュー・アルバム『FIRST LIGHT』をリリースした松下誠だった。
今回は高度な音楽性とテクニックを用いて、80年代特有の日本の都会のイメージを表現したトータル・アルバム『FIRST LIGHT』を深堀りしていく。
セッション
1955年11月16日に日本に生を受けた松下誠。19歳でヤマハ・ネム・ミュージック・アカデミーを中退後、1974年にセッション・ギタリストとしてキャリアをスタート、 八神純子、松田聖子、山根麻衣、大瀧詠一といったアーティストと共演。やがて1979年、ピアニストの信田一男とミルキーウェイというバンドを結成。
セッション・ミュージシャンとして十分な経験を積んだ後、誠はデビュー・アルバムのプロデューサーに挑戦する。このアルバムのバンドは、ピアノとバック・コーラスを担当した信田をはじめ、ベーシストの富倉安生、ドラマーの宮崎正弘など、これまでのアルバムで共演したミュージシャンが中心となっている。この2人は後に、誠のプログレ・バンド、パラダイム・シフトの一員として再び参加することになる。ニューヨークのシンガーソングライター、ジュディ・アントンは、誠がアルバム『Smile』で編曲を担当し、このアルバムの中で最も有名な曲『Love Was Really Gone』に英語詞を提供している。また、ジョー・カトウ・グループがアルバム後半にストリングス・アレンジを提供している。また、1stシティ・ポップ・バンド、シュガー・ベイブのアルバム『Songs』でも活躍したパーカッショニスト、木村誠が参加していることも見逃せない。
『FIRST LIGHT』は1981年9月21日にリリースされた。ジャケットは2種類あり、1種類目は写真家・飯島薫が撮影したハリウッド大通りのスタイライズされた写真、2種類目は木沢勉のイラストである。馴染み深いのはおそらく後者だろう。
君に贈るすべて
本作は私にとって特別音楽遍歴において重要な作品だ。というのも、私が初めて聞いたシティ・ポップは竹内まりやでも山下達郎でも、大瀧詠一でもなく、この『FIRST LIGHT』だったからだ。今思えば、このジャンルに興味を持っていた私にとって本作は理想的な導入作品だった。シティ・ポップの特徴である感情や雰囲気の豊かさが、このアルバムを通じて強く感じられる。特に誠の洗練されたサウンドと、官能的なプロダクションが、曖昧で懐かしい気持ちを誘う。アルバム全体を通して、楽器編成には清潔感(整っている、という意)と親しみやすさがあり、その裏には情熱と誇りが込められている。また、各楽曲には意外なサプライズが忍ばせてあり、特に『This Is All I Have For You』の狂おしいキーボードソロがその好例だ。松下の作品は、単なるポップ音楽の枠を超えて、非常に多様で、聴き応えのある一作となっている。
[A面]
(A1)『First Light』:アルバムを開ける最初の30秒間で、豊かなファンキーなイントロが私たちを歓迎し、そのままグルーヴィーなAORトラックへと流れていく。官能的なスラップベースと柔らかなギターパッセージが印象的で、ホーンセクションが特に楽曲全体をうまくまとめている。全体的に見事なイントロとして、アルバムの雰囲気を完璧に表現している。
(A2)『One Hot Love』:夜のドライブに最適なこの曲は、ソフトなロックの質感があり、滑らかなボーカルハーモニーと際立ったギターソロが際立っている。松下はこのトラックで、リスナーを都会の夜へと導くような感覚を生み出し、エネルギッシュでありながらも落ち着きのあるムードを作り出している。
(A3)『Resort For Blue』:ジャジーなリゾートポップのインターミッショントラックとして、この楽曲はリスナーにリラックスしたプールサイドの風景を想起させる。特にギターリフが、リゾートの穏やかな雰囲気を強調している。楽曲の終盤では雨音が現れ、次の曲へのシームレスな橋渡しが行われている。
(A4)『September Rain』:このスロージャムでは、夜の静かな時間に突然恋人の思い出が蘇るというテーマを扱っている。アルバム唯一の英語と日本語の混合曲で、感情が複雑に絡み合うメロディが、夏の終わりを告げるように雨が降り始めるシーンを美しく描き出している。
(A5)『Lazy Night』:ここでは、再びペースが上がり、スティーリー・ダンの影響が感じられるクールなニューヨークの夜を思わせるグルーヴが広がる。ジャジーなピアノの装飾や洗練されたギターソロが楽曲をさらに魅力的にしており、アルバムのハイライトの一つだ。
[B面]
(B1)『This Is All I Have For You』:夢幻的なシンセサイザーとメロドラマティックなオーケストラのアレンジが特徴のジャズ・フュージョンナンバー。狂おしいキーボードソロが楽曲のメロウでソウルフルなグルーヴに華麗に織り込まれており、聴く者を圧倒する。
(B2)『I Know...』:このインターミッショントラックは、早朝5時のシーンを描き、恋愛の悩みに直面する松下がピアノとアカペラで感情を表現する。終盤では別れを決意するドラマチックな展開があり、次の曲への流れが巧みに演出されている。
(B3)『Love Was Really Gone』:メジャーだが、私のお気に入りの一曲であり、松下が内なるボビー・コールドウェルを引き出しているクラシックなR&Bナンバーだ。滑らかなベースラインや美しいストリングスアレンジが際立ち、特に感情的なコーラスが70年代のソウルのエッセンスを思い起こさせる。ストリングスのアウトロは、曲の感情的なクライマックスを象徴しており、この楽曲はアルバムの中心的な存在だ。
(B4)『Sunset』:最終トラックは、エレクトロニックなイントロで始まり、プログレッシブポップとリゾートポップが融合するスムーズな楽曲に移行する。夕日を眺めながら愛を思い出すという情景が描かれ、アルバムを美しく締めくくられる。
灯る街頭 (あとがき)
松下誠がセッションミュージシャンとしての才能を無駄にしなかったことは明白であり、彼はほぼ不可能とされる偉業を達成した。それは、彼の最初の試みで完璧なシティ・ポップアルバムを作り上げたということだ。各楽曲は独自性を持ちながらも、アルバム全体でスティーリー・ダン風の一貫したプロダクションの質を維持しており、アメリカのAORやウェストコースト・ミュージックの魅力を完全に総括したような感覚を与える。
たとえば、『One Hot Love』ではドゥービー・ブラザーズを思わせるソフトロックが表現され、『Lazy Night』ではドナルド・フェイゲン風のニューヨークフュージョンが漂い、『First Light』ではヤット・ロックの影響を受けた楽曲が展開される。また、『September Rain』や『Love Was Really Gone』には、ボビー・コールドウェル風の歌唱が感じられる。最終トラック『Sunset』ではプログレッシブ・ロックの感性が垣間見られ、これは彼の次作『Pressures & Pleasures』でさらに探求されるスタイルだ。
松下は、各楽曲をインスパイアされつつも独自の感情を伝えるように巧みにアレンジしている。さらに、彼には既に他のアルバムで一緒に経験を積んできた堅実なチームがあったことも助けとなった。冨倉安生のスムーズなベースは松下のグルーヴィーなギターと完璧にマッチし、野田のピアノ演奏とボーカルハーモニーが多くのトラックに夢のようなリラックスした雰囲気を与えている。シティ・ポップのアルバムは通常、前半が充実していることが多いが、私のお気に入りは実は後半部分だ。特に、『I Know』と『Love Was Really Gone』が作り出すシネマティックな音楽体験は、まるでロマンス映画の一場面にぴったりと収まるような印象を与える。『Love Was Really Gone』は私がこれまで聴いた中で、R&Bソングの中でも、そしてシティ・ポップの中でも最高の一曲だと思う。J-AORのインスパイアされた要素がすべて含まれているが、それでも独自の要素が加えられており、特にフィナーレが際立っている。松下は日本語と英語の両方で素晴らしい歌唱を披露しており、特に感情が終盤で高まる。『September Rain』のようなトラックでは、英語版の方が日本語版よりも優れているとさえ感じた。
正直なところ、『First Light』は『Ride On Time』と並ぶ完璧なシティ・ポップアルバムの一つだと言えるだろう。収録時間はやや短く(2曲は1分から2分程度しかない)、その分質を優先しており、各楽曲がそれぞれ満足のいく体験を提供し、全体の流れも見事にまとめられている。このアルバムはシティ・ポップの進化において重要な位置を占めており、後にもう一人のシティ・ポップの伝説でありギタリストである芳野藤丸に影響を与えた。彼らは翌年にThe AB'sを結成することになる。ヤット・ロックを満たす新しいものを探しているなら、このアルバムはまさに最適な一枚だ。
松下がこのアルバムを象徴的に表現しているのが、最初のトラックでの「From the east to the west」という一節だ。これは、日本的な作詞感覚とアメリカ的なAORプロダクションの完璧な融合を示している。
ちなみに、『First Light』はSpotifyやApple Musicで利用可能だが、フィジカルリリースを購入したい場合は、Warner Music Japanによる最新リイシューがLight In The Attic Recordsで購入可能だ。ぜひ試してみてほしい。