#15 父の回復と笑顔
2022年3月。1次試験まであと半年を切っていた。
授業は「情報システム」から「法務」に進んでいる。
9月末にステージ4の喉頭がんで1年の余命宣告を受けた父は、10月に手術し、1ヶ月の入院を経て、11月末から自宅療養していた。
声帯を切除した父は声を出すこともできない上に、永久気管孔と言って、のどに穴を開け、そこから肺に直接空気を取り込むようになっていたため、鼻で息をすることもできなくなった。
話せなくなったストレスや、手術による体力の消耗、大した趣味もなく、仕事をただ一生懸命してきただけなのに、なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか…、色々なことが突然に降りかかって、父は、精神的にもかなり不安定になっていた。
古くなった家で一日中過ごすようになった父は、あれこれと悩んだ挙句、家を建て直すことに決めた。(そこに決定するまでも大変だったけれど…)
建て直す間の仮住まい先として、運良く家の裏にできた新築戸建ての賃貸に入ることが決まった。
この頃の父は、術後の頃に比べると傷口の腫れもおさまり、ごはんもしっかり食べられるようになっていた。
ウォーキングを日課にしていた母が、毎日父を散歩に誘い、今日はこっち行ってみよう。今日はこっち。と、少しずつ距離を伸ばしながら、父を散歩に連れ出し歩かせていたおかげで、体力もずいぶんと回復した。
体力が戻り、ごはんを食べ、新居の図面を描くなど、やることがあると、気持ちも少しずつ落ち着いてくる。私のしょうもない話にも、笑顔で聞いてくれることが多くなった。
ある日父は、ジェスチャーとメモを使ってこんなことを言ってきた。
「…そうなったら、お父さん首吊るわ」
え、、、?ちょっと何言ってんの??変なこと言わんといてよ!と怪訝な顔をしていたら、
ちゃうねん!ちゃうねん!
と言わんばかりに、くひひと笑いながら(声はでないけど)、首吊りの絵を描いた。
ほら、みて!
と嬉しそうだ。
何を言ってるのかと思ったら、
首をつっても、ロープより下に気管孔があるから死ねないよ!きゃははっっという、父の体を張った笑いだった…
あははは!!!ほんまやな!お父さん首吊りでは死なれへんな!
そういって、一緒に笑った。
私が子供の頃はひょうきんだった父を、久しぶり見た気がして嬉しかった。
笑いのセンスは、さておき…だけれど。
父が元気で前向きに、体の不自由と闘っていると、私も頑張ろうという気持ちになる。やっぱり、人の笑顔は周りも元気にするよなぁ。
授業は法務。ややこしいけれど、意外と面白い。
授業で学んだ事業譲渡や企業買収の話は、父がメインの会社を売却した時を想像してイメージしやすかった。私たち兄妹が事業承継しなかったので、何年か前に3つあった会社のメインを売却していたのだ。
商標や知的財産権なんかの話は、デザイナーとしてかなり興味深いところだったし、覚える単語は難しいけれど、内容としては非常に興味深く、単純な私は一瞬、ほんの一瞬、司法試験の勉強しちゃおうかな。と思ったほどだ。もちろん、しないけど…
そうして、桜の季節がやってきた
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?