分かりあえなさに出会うための読書。
「読書は人間の出会いに似ている」といったのは、誰だっただろう。
もちろんフィジカルな血の通った対話ができる人間の存在と、読まなければしんと黙っている本は違う。
しかし「分かるなあ!」と共感できる小説は親友に似ているし、「さっぱり理解できない」と腹が立つ哲学書は、とっつきにくい頑固じいさんを思わせる。そもそも本を書いたのは作家だから、本を通して作家という人物に出会うことでもある。
ここ数年、これはよさそうだという小説を読んで面白そうだと感じたら、徹底的にその作家にターゲットを絞り込んで著作をむさぼる読書をしてきた。
人気のある作家ばかりを読んでいるのが軟弱といえば軟弱なのだが、男性作家では、過去には村上春樹さんを集中して読んでいたが、ターゲット読みをしてからは伊坂幸太郎さん、森見登美彦さん、吉田篤弘さん、森博嗣さん、伊与原新さんあたりを読み続けている。
もう少し古い時代では、中島敦を読み直したら意外に面白かった。教科書的な代表作の『山月記』を思い浮かべるのだけど、笑っちゃうようなショートショート風の作品も残している。夭折した作家だけに全部読もうと思ったのだが、ちくま文庫の日記で挫折して積読中。
女性作家では、過去に好きだったのは川上弘美さんだったけれど、原田マハさん、森絵都さん、三浦しをんさん、西加奈子さん、村田沙耶香さんあたりを集中して読んだ。川上未映子さんも魅力がある。元アイドルで詩も書いていらっしゃることから、どんな風に歌うのだろうと思ってCDを買ってしまった。なかなかソウルフルな聴きごたえのあるアルバムだった。
海外では、カズオイシグロ、アントニオ・タブッキ、ポール・オースターあたり。海外の作家に敬称をつけるべきかどうするか迷うのだけれど、敬称なしでもリスペクトしている作家さんたちだ。
ここまで読んできた作家を書き出したが、別に自慢をしたいわけではない。書き出してみたらどんなものだろうかと試してみた。そして、自分の読書傾向に偏りを感じた。ドストエフスキーなど、いわゆる名作を若い頃に読んでいないことが悩ましい。そういう長い名作を読んだほうがいいのかな、と思うことがある。
たとえば居心地のよい人々に囲まれた狭いコミュニティは楽しいけれど、自分を拡げてくれる刺激があるかといえば疑問が残るだろう。分かりあえなさに出会うための読書があってよい気がする。それがこれからのマイ読書の課題かもしれない。
ちなみに、かつては年間100冊読むことを目標に掲げていたことがあったが、最近はやらない。というのは数に縛られて薄い本を選んでしまったり、はしょって読んでしまったり、読書のスタイルが乱れるからだ。読みやすい本に手を伸ばして、読了をこなすだけのマシーン化する。
追うべきものは数ではない気がする。SNSに関してもフォロワー数、閲覧数、記事の投稿数にこだわりすぎると、本質を見失う。数値化するのは仕事だけで結構だ。数の亡者になることは決して豊かではなく、むしろ貧しい。
「友達100人できるかな?」という歌があったが、100人も友達はいらない。不器用だから100人の友達に対してコミュニケーションしようとすると、ひとりあたりの関わりは100分の1になってしまいそうだ。たぶん疲れる。そういうことが得意なひとであれば構わないが、自分には合わない。合わないことを無理にやる必要はないと考えている。
多読ではなかったとしても、1冊の本を何度も再読する読書だって素敵な読書のスタイルといえるだろう。たったひとりの親友を大切にしているように思える。ていねいに生きている印象がある。きっとそういう読書家は穏やかでありながら、本はもちろん大事なときに誰かを裏切ったりもしない。「足るを知る」をわきまえている。
ところで、何度も読み直している小説のひとつに夏目漱石の『草枕』がある。漢詩が出てきたり、物語の筋はあってないようなものだったり、とても読みにくい。
なぜそんなものを何度も読んでいるかといえば、きっかけは大学の卒論だった。ところが社会に出てから読んでも、そのたびに新しい発見がある。何度読んでも面白い。もう卒論を書く必要はないが、岩波の漱石全集の箱から出して、ときどき読み直している。
『草枕』の主人公は画工(絵書き)なのだが、絵を描くぞ、絵を描くぞというような発言を繰り返しながら、結局一枚も絵を書かない。何をしているかといえば、那美さんという女性の入浴シーンにどきどきしたり、彼女をめぐるゴシップを探偵のように追いかけている。言うことは立派だがやっていることは下世話なキャラクターで、現代にもいそうな滑稽な人物像だ。
読書について脈絡もなく書いてしまったが、すぐに方向転換は無理かもしれないけれど、分かりあえなさに出会うための読書をこころがけていきたいと考えた。読了数だけを積み重ねる読書からは卒業したい。
2024.02.15 BW
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