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うるう年に、潤いを。
目の前に、まんじゅうを盛り付けた皿がある。
そんな光景を想像してほしい。
ほんわりとしたまんじゅうの数は9つ。
白くて張りのある中身は、ほのかな甘さがほころぶ高級かつ上品な餡だ。もりもりに皿へと盛り付けてある。「いただきまあす!」という声とともに手が伸びて、ひとつまたひとつ、まんじゅうは無くなっていく。
やがて最後のひとつになってしまった。
誰が食べるのか。ふと手が止まり、沈黙が訪れる。
かすかな緊張がまんじゅうの周囲に漂う。
手を出すのは誰だ?
それが2月29日、うるう年の本日のイメージである。
あの、ひとつ1日余っちゃっているんですけど、という戸惑い。例年より多すぎる1日が困惑を誘う。どうしたものか。手を出していいものか手を引っ込めたほうがいいのか、思案しているうちに今日が終わってしまいそうだ。なんとなく居心地が悪い。
うるう年とは、自転しながら太陽の周りを公転する地球の辻褄合わせである。しかし、ずれたっていいじゃないか。いや、よくないのだろう。ずれたまま季節がどんどん送られると、やがて2月が真夏になってしまうこともある。とはいうものの、先日は2月だというのに5月のような暖かい日があった。カレンダーの辻褄合わせをしなくても、地球の季節は次第にずれている気がする。
漢字でうるう年を書くと「閏(うるう)年」になる。なぜコロナ禍でもないのに王様が隔離されて、門のなかに閉じ込められているのだろう?
調べてみると、昔の中国にはうるう月というものがあり、うるう月に王様は門から出ずに室内で政務を行ったらしい。だから、閏という漢字が生まれたという説があるようだ。
そもそも「閏」は「うるう」と読まなかったそうだ。うるおいの「潤」に似ていたことからそう読むようになったとか。起源を詳しく調べたくなったが、今日1日しかない。きっと明日になれば忘れてしまう。
うるう年について調べれば調べるほど、もやもやが増えていった。古代の人々も割り切れない思いを抱えながら、イレギュラーな暦の扱いに手をこまねいていたのだろう。
2月29日は、28日で終わるはずのカレンダーの残り物のような印象だ。残り物を前向きにとらえることにしたい。残り物には「福がある」。
と、書こうとして「福ガアル」という言葉を思い浮かべた。
福ガール、なんだろう?
おそらく福ガールとは、うるう年の2月29日だけに現れる水の妖精である。世の中をうるおすことをミッションにしている。背丈はおよそ29センチ。「閏」という文字が模様になっている着物を着ている。
想像が拡がる。たとえば、こんな物語。
「ほい。福ガールだよー」
机の上にホログラムのように出現。
「うるう年を潤してあげましょう。ぽとぽとぽと」
彼女は歩き回って、謎の水差しから水滴を垂らしていった。
「ああっ。大切に読んでいた文庫が水浸しじゃないか。やめてくれ」
「おおっと。潤し過ぎましたか。すまんすまん。うるう年だから大目にみてよね。はっはっはー」
「いやいやいや、そうはいかないでしょ。どうすんだ、これ」
すると、福ガールはウィンクして言う。
「うふふ。そういうときは、ジップロックの中に文庫を入れて冷凍庫に入れるのです。その後、重い本で押さえるといいよ。冷凍された本から水分が飛んで、しわしわにならないから!やってみて」
あっそう。なんでそんなことを知っているんだ。
おばあちゃんの知恵袋か。
潤いのある29日が終わる頃、福ガールは帰っていく。
どこに帰っていくのか知らない。知らなくても別に困らない。
「じゃ、次は2028年に会いましょう。その年はね、あっ言っちゃいけないんだった。凄いことが起こるよ。楽しみだね。まったねー。うるるんっ!」
こうして、うるう年の余計な1日と余計なひとりが過ぎ去る。
2028年、何が起こるやら。
文庫が水浸しになる程度なら構わないのだけれど。
<了>
風が強く、空気が乾燥する日には、適度な湿度を保つようにしましょう。
明日からは3月。春はすぐそこまで。
2024.02.29 BW