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【写真】ハロー・ユア・スロウライト

#slowlight


 女ははた織り機で光の束を編んでいた。春の始めの絹のような細い雨に、兆しの太陽が乗り移ったような、光を束に編んでいた。
 それは何になるの?
 僕は訊ねた。
「繭」
……繭? コクーンの繭?
「そう、その繭。この森に埋葬するための繭」
 埋葬するための繭。不可思議な回答に僕はうなづけずに戸惑う。その惑いに気づいているのかはともかく、女の返答は続いていた。
「雨が降る。光が刺す。土に芽が生まれて、いずれ森になる。この世界はその繰り返し。私が扱っている糸は、その意図。神様だけが識る思い。ことわり。生命の、一本の糸」
 アンフィル。フランス語で一本の糸を意味するのだという。そういえば、この森は。
「私たちは、この森をアンフィルと呼んでいます」
 振り返った窓の外には、光の束が雨のように降り注いでいた。


 圧倒的な寵愛と偏愛で、偏った愛情を確かなものと放言して、嫌いなものには一切触れない。そんな人生をやってみようと思うと、存外、楽しい。
 僕の「好き」が理解されなくても、まったくかまわないし、もし、交差点で俺たちの愛情が重なったら、そのときは一緒にビールでも飲みに行こうぜ。
 一生の友達になろうと、なるかどうかは別の話だけれど、思い切り笑って、すぐに忘れてしまえばいいんだ。



 気に入らないなら噛みついてくればいい。

 間違いなく、噛み殺すぞ。
 行き場のなくなった野良犬は良を捨てて、野犬に変わろうとしていた。


 この世はとかく死人をありがたがる。
 死ねば英雄、死ねば天才、それも若くして死ぬなら尚のこと。
 でもな。
 死人が一番よろこぶのは、忘れてやることなんだ。そのことは未来永劫、変わらないだろう。



 今日も森の奥へと、亡くなった人を連れてくる人が列をなす。

 腕のない人、足のない人、ついさっき頭を失ってしまった人、優しかった人、それしか特徴のなかった人、飼い犬、捨て猫、それから、摘出したばかりの自分の眼をポケットに入れている人、気づいたら空腹のまま死んでしまったセキセイインコ、河童なんだという白骨死体。
「それでも、連れてこようとする誰かがいるだけで幸福なんです」
 女はそう言って、森の空に蛍火を焚く。埋葬の森に夜が訪れ、コテージは人が溢れた。明朝、空白域と呼ばれる、穴へ向かうらしい。
 夜が深く静かに、そして、朝がくる。
 すべての人の手のひらの上に。


 とりとめもなく歩きながら、そこにある何かを撮るのが好きだ。そのために外に出る日もある。ハイパフォーマンスなカメラよりも、制限のあるカメラのほうが良い気がする。ライカのポラロイドを買おうかなと思うけれど、飽きて放置したりしないだろうか。
 どうしてライカなんだって?
 それしか知らないから。ただそれだけ。

photograph and words by billy.

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ビリー
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